第6話 雨上がりの空

 セイが待っていると聞いて慌ててアパートに帰る。双子は俺を待っていてくれたということか。恨み言しか言わなかったのにどうして。


「遅い……帰って来ないと思った……」


 黒髪に無感情の瞳の少女がこちらをじっと見つめる。その姿はどこか寂しそうでいじらしかった。


「ごめん……。俺暗いの性に合わないのな」

「知ってる……」


 にこりとも笑わず静かに呟く。だけど心の底では俺に会いたかったのだろう。声が震えていた。


「心配かけてごめん。放っておいてごめん。俺自分のことしか考えていなかった」

「謝ることじゃない……」


 セイは俺の胸元で泣く。小さな子供が親とはぐれたときのように。不安でたまらなかったのだろう。


「俺、強くなるから。負けないから」


 かつて死んだ母に誓った言葉を反芻する。現実に負けない強さがほしいと思った。師匠には甘えてばかりだったけどそろそろ立ち直らないと。


「涼……強くならなくたっていい……」


 セイは俺の背に手をやりそっと撫でる。その優しさにほっとした。


「そうよ。涼っ。私たちがついているじゃない」


 喫茶店のバイトから帰ってきたアイがアパートにぬるっと入ってくる。


「って勝手に入るのか」

「許可はとってないけどいいわよね」


 少しむすっとした表情も可愛らしい。せっかく自分がいいこといったのにとふくれ面だ。


「お父さん、優しそうな人だったわね」

「見た目だけだよ」


 口では悪くいうが父のも彼なりの思いがあるはずだ。ようやくわかったような気がする。


「結局言えなかった。信じてもらえないのが怖いわけじゃなくてさ」


 これから自分が死ぬかもしれないと言ったら父は心配するのだろうか。


「心配かけるのは俺好きじゃないし」


 それにまだ死ぬと決まったわけではないしと笑う。


「どこかにあるはずだよな。生き残る方法が」

「あるわよ」

「ある……」


 双子が身を寄せて俺の肩口に顔を埋める。師匠は両手に花とでもいうのだろうなと一人ぼやく。


「ちょっと私たちかわいいでしょっ」

「贅沢……」


 俺はもう少しうぬぼれてもいいのかもしれない。彼女たちの思いに答えるならもっと自信をもっていた方がいいはずだ。


 いつ死ぬかもわからない人生と思うより一回きりの人生楽しんだ方が得だ。


 そう思ったら諦めていたはずのものを未練たらしく指をくわえて眺めるよりも素直にほしいと言えるような気がしてきた。


「俺さ、もうちょっと生きていたい。だから協力してくれるか」

「当然よ」

「そんなの当たり前……」


 三人が身を寄せあいぎゅっと抱き締める。夏のにおいがした。雨上がりのどこか優しいにおい。空は曇っていたがおぼろげに月が淡い光を帯びているのが印象的だった。


 その日俺たちは川の字になって眠った。隣で誰かの寝息が聞こえるのがどこかくすぐったくて小さく笑う。それが聞こえたのかぎこちなく寝返りを打つアイとすっかり夢の中のセイ。二人がいればなにも怖くない。そう思えた。



***


 今日も今日とて運命の女神と死神の二人に囲まれ屋上で昼食をとる。


「また、運命の女神は後ろ髪がないとか愚痴るのか? 」

「もしかして、飽きられてる……? 」

「うん……」


 アイは思案げに他の文句をいい始める。といっても他愛のない話だ。


 最近の昼ドラはヒューマンドラマよりでどろどろしていないだの恋愛はあっさりしすぎだの主に趣味に対する愚痴だ。


「自分で開拓しないといい出会いはないのよね」


 勧められるのを待つよりは自分で道を切り開くタイプらしい。彼女らしいと俺は笑う。


「昼ドラみたいな話、ないかしら」

「アイの趣味って偏ってるよな」

「あら悪い?どろどろもいいものよ。昨今の爽やか恋愛ものは物足りないのよね」


 それは彼女が人間ドラマを見すぎて感性が鈍ってきているからではないかと指摘すると。


「失礼ね。私は好きで泥沼愛憎劇を探しているの。人にはわからないって言われるけど」


 自覚はあるらしい。それでもわが道を貫くあたりぶれない人間だ。


「そういやセイの趣味って聞いてなかったな」

「タピオカミルクティー……」


 一気に女子高生感を出してくる。でもその目に活力はないのであまり説得力はない。


「あれって時々喉につまらないか? 」

「そんなの……涼だけ……」


 若干冷たい目で見られるが気にしない。


「無理に今時装わなくてもいいんだぞ」

「涼って……地味に失礼……」


 俺の言葉がお気に召さなかったらしい。そっぽを向かれ昼のカフェオレを奪われる。

 これもいつもの光景だ。


 学校に戻りバイトも再開したいまの生活は嫌いじゃない。学生は勉強が本分だしかねがなければ生活できない。


 当たり前のことを当たり前に過ごす。そのありがたさを噛み締めていた。


 願うことならばこのまま平穏な日常を。


 天国の母親にようやく顔向けできる。父を恨む回数も最近では減ってきた。

 覚悟ができたからこそ今を楽しむことができる。


 無為に過ごしてきた日々を後悔することもあるが師匠はたまに飯食いに来いと誘ってくれる。厚意に甘えてばかりだけれど優しい人たちに囲まれてそれなりに幸せだ。


 運命の女神に死神。二人は一見すると可憐な少女たちだ。表面上そう思っているだけならば俺はただのアホ面を晒すだけだった。


 運命の歯車はもう動き出しているのに。


 つかの間の休息に俺は浸っていた。

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