第六話 死の女神

「オリオン三巨星はホコミナのテッペン争いではなくテッペンへの挑戦権をめぐって争ってるんです」

 私と箕輪は顔を見合わせた。


「ということは……」

「はい、ホコミナの頂点に君臨する『死の女神ガイア』がホコミナ抗争事件の黒幕なんですわ」

「女神……ってことは、ガイアは女の子なの?」

「はい。しかも切れ長目の美人やそうです」

 まさかのホコミナのテッペンは女だった。しかも美人とは……田舎のヤンキー高校には似つかわしくないな。


「ガイアは昨年の秋頃ホコミナに転校してきて、すぐに当時ホコミナを仕切っとった番長をシバき倒しました。そして一気にホコミナのテッペンにのし上がり、今も絶対的番長としてトップに君臨し続けています。ホコミナの長い歴史の中でも、二年生でトップに立った奴はおりませんでした」


 昨年の秋頃……私はふと一人の女の姿を思い出した。

「そういえば」

 私は自分の制服を眺めた。箕輪と泉が不思議そうな目で私を見ている。


 あの時河原で戦い、初めて敗北を喫した女……私の大好きな場所をあざ笑っていたあの女……

 あいつもホコミナの制服を着ていた。そして時期は十一月頃だった。しかも千葉から来たと言っていた。もしかしてあの女がガイアではないだろうか。


「紅葉さん、どないしはったんですか」

「私……もしかしたらガイアと戦ったことがあるかも」

「は? ホンマでっか!? いつですか?」

 泉が身を乗り出して聞いて来た。

「昨年の十一月頃だけど、家の近くの河原でいきなり絡んできた女がいたんだ。そいつは切れ長目の美人でホコミナの制服を着てたんだよね」

「昨年の十一月言うたら、ちょうどガイアが転校してきた時期と重なりますね!」

「泉、ガイアは転校してきたって言ってたけんども、どこから来たのか分かる? 私が戦った女は千葉から来たって言ってた」

「それが……ガイアは誰ともつるまない一匹狼なんで、情報がめっちゃ少ないんですわ。ただガイアにやられた番長の配下が三十人ぐらいで囲んでガイアをシメようとした時に『いしけーな』と、ガイアが言い放ったそうです。確かいしけーて茨城弁でダサイっちゅう意味でしたよね? せやから茨城人とちゃいますか」

「いしけー……確かに茨城の人しか言わねーべな。親戚のおじちゃんに言ったことあるけんども通じなかったっぺよ」

 箕輪が天井を見上げながらつぶやいた。その通り、いしけーなんて方言は茨城でしか使わない。ましてや千葉県人には意味すら分からないだろう。


「そっか……じゃあ人違いか。その女は標準語喋ってたしなぁ」

 となるとあの女は一体誰だったんだろう。あの細い体でとてつもない戦闘能力を持っているのだ、只者ではないはず。もしあいつがまだホコミナにいるとなれば、必ずこの抗争に絡んでくるだろう。また戦うことになった時、私はあいつに勝てるのだろうか……


「ちなみに紅葉さんはその女に勝ったんですか?」

「……」

 私は下を向いて首を横に振った。

「そんなまさか……」

 泉が絶句した。箕輪も不安げな表情で私を見ている。


「そいつは茨城の事を田舎だって馬鹿にしてた。そのせいもあって私は頭に血が上って冷静さを欠いてたから、隙はあったかもしんねー。でも、仮に私が冷静だったとしてもあの女には勝てなかったと思う。それほどに実力の差は歴然としてた」

「信じられへん……リゲル派最高幹部の梶山を簡単に倒した紅葉さんが圧倒されるやなんて……」

「それっきりその女の姿は見てないけんど、もし今もホコミナにいるとしたら危険だっぺね」

「んだべなぁ。紅葉を倒した奴なんてぜってー会いたくねー」

 箕輪が身震いした。

「確かにそいつは危険っすね。その女についてはまた探ってみますわ」

 私は頷いた。


「話戻しますけど、ガイアが二年生の時に倒した番長も相当強かったらしいです。が、あっちゅう間にガイアにやられてもうたらしいです。オリオン三巨星もこの番長には勝てんかったみたいですから、ガイアの強さは相当なもんやと心してくんなはれ」

「分かった。でも私はあくまで箕輪や仲間を守る為に戦うだけだから、自分から仕掛けるようなことはしないよ」

「なるほど、最初は様子見しながら徐々にって感じですね。さすが百戦錬磨の紅葉さんや!」

 いや、ちげーよ、と突っ込もうかと思ったが、やめておいた。


「以上がホコミナ抗争の全貌になります。プレゼンテーションバイ、帝塚山 泉でした! ちっとドリンク持ってきます。紅葉さん、箕輪さんはコーヒーっすね!」

 としゃべりながら泉はドリンクコーナーに走って行った。

「泉の情報収集力ってすごいよね」

 箕輪が感心した表情で言った。確かに入学式当日にこれだけの情報を持っているのはすごい。興信所を開けば繁盛しそうだ。

「んだね。しかし泉の言った通りけっこう複雑な情勢だから気を付けないとね。下手に刺激しちまうと取り返しがつかなくなるかも」

 すでに刺激してしまった私が言うのもなんだが、箕輪は怖いもの知らずな面があるからちょっと心配だ。


「――お待たせしました!」

 泉が大ジョッキにメロンソーダを並々注いで戻って来た。

「そういえばもう一つ聞きたいことがあったんだけど……」

「はい、何でっか?」

「さっき体育館で梶山を蹴り飛ばしてた男子って誰だか分かる?」

 泉の情報力がすごいので思わず聞いてしまった。見ず知らずの私を助け、何も言わずに去って行った彼の事がずーっと頭から離れないでいたからだ。


「ああ、あのイケメンすね。確か鳥栖 荒地とりのす あらじって名前やったと思います。紅葉さんを助ける姿、めっちゃ男前でしたよねー! もしかして恋してもうたんですか?」

 泉が笑顔で聞いて来た。

「違うよ、ただすごく強かったから気になっただけ……」

「照れんでもよろしいがな! くうぅー青春!」

 駄目だ、完全に入ってる。私は箕輪に助けを求めようと視線を送ったが、箕輪まで笑っている。


「本当に違うんだってば」

「まあまあまあ! ただ……」

 急に泉が真面目な顔つきに戻った。

「ただ?」

「あんだけのイケメンで喧嘩も強そうやから、情報の一つや二つ出て来るもんなんですが……全く無いんですわ」

 泉は表情を曇らせた。


 彼女の収集能力を持ってしても情報がない謎の男……敵ではないと思うのだが、どうしても気になってしまう。

 それに……最初見た時から感じていたが、彼とは以前どこかで会っているような気がする。


 もやもやとした感情を抱えた私は、黙ってコーヒーを飲みほした。

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