第31話 龍の琥珀

 

 俺の意識が遠のいて行く中、俺の後方でミオンの念唱が聞こえた。聞いたことの無い念唱だった。




「『我の魔力を使いて 我の念じるままに癒したまえ』」

「ん〜? な〜にこレ?」



 俺の聴いたことの無い念唱。レベルアップで手に入れた魔法か?

 それで何をする気だ。


「『不死龍の息吹』」



 すると俺の体は緑色の炎に包まれ、傷が癒されていく。この光は暖かく、気持ちのいいものだった。ずっとここに居たい、そう思わせる。


 だが俺は何も出来ない。弱いからだ。だから救えない。失うだけの弱者だ。




 ”リヒト様は弱くなんかありません!!”


 なんだこれは? 声、確かにミオンの声だ。だがミオンの口は動いてはいない。だとしたら、これはこの炎?


 ”リヒト様は弱くはありません。でもめちゃくちゃ強い訳でも無いでしょう。なら今貴方にできる最前を尽くすだけです。”


 いや、でも――


 ”でもじゃありません。それに誰が貴方に助けを求めましたか? 付け上がるのもいい加減にしてください。私はリヒト様に守ってもらおうなんて思ってません。そりゃあまだ足でまといかもしれません。けど私は隣にいます。リヒト様と歩んで行きます。だから一人で戦わず、一緒に戦いましょう”



 お前は俺を許してくれるのか? 俺は救えなかったんだ。守れなかった。大切な仲間を。



 ”貴方が大切に思っているように、他の方も貴方を大切に思ってるはずです。貴方が生きていてくれて嬉しいはずです。なので貴方は自分を大切にしてください。仲間のために、私の為に”


 そして声は聞こえなくなった。俺はなんというか吹っ切れた。どうでも良くなった感覚に近いだろう。いい意味で。



 それにしても、さっきの声はミオンの意識のような物なのだろうか。それとも何か別の何か?まあそんな事はとりあえず今はどうでもいいか。

 俺は涙を拭いながら立ち上がった。



「へ〜面白いじゃなイ。でも無駄、そんなことしたって私には勝てないわヨ?」

「……ふッ」



 俺の傷は完全に塞がった。ミオンのおかげなのだろう。だが何故だろうか。腹の傷だけではなく、俺の欠けた心の何かも塞がった気がした。後で礼を言わなくてはな。



 俺は今凄く心地よく、気分がいい。何年と続いた雨がようやく晴れた様な清々しさ。今、俺の心はそんな感じだ。



「プルーネ。俺は今、凄く気分がいい。今なら逃げることを許してやろう」

「ハッ! 何を言い出すかと思えバ。貴方、余程のバカみたいね」



 俺の言葉に対し、プルーネは鼻で笑いとばす。なら仕方ないだろう。

 俺は今気分がいい。なんだか負ける気がしないし、力が溢れてくる。強化魔法もまだ切れていない。



「俺は仲間を死なせない。奪わせない。その為ならばこの手を幾度となく血に染めよう」

「何をバカなことヲ。ん? なんだその右手の黒い模様ワ!?」



 右手に目をやると確かに、何やら黒い模様なものが右腕に巻きついていた。何かのスキルだろうか?


 それにしたって何であいつはあんなにも驚いてるんだ? たかが腕が黒くなったくらいで。まあどうでもいいか。



「やはり貴様、神が送り込んだ大罪人か!? それにその腕、まさか『魔神の欠片』か?!」

「知るかそんなもん」



 プルーネは焦った様な表情で俺に問てきた。そんなもん俺がしるわけもないのに。


 神が送り込んだ、までは合っていた。だが、俺は別に大罪人では無い。何故周りは俺を大罪人にしたがるんだか。

 


「死ね」

「死ぬのはあんただよオゥ!!『ダーククロウッ!!』」



 プルーネは最初に見せた時よりもさらに素早く動き、一気に俺の首を切り裂く。だが、プルーネの切り裂いた俺は俺ではない。ただの幻。


「『フォルテート流 修羅ノ型 幻影』」



 動きに緩急を付けて幻を見せるのが幻影という技だ。プルーネのように頭に血が上っているやつほど聞きやすい技だ。オークとかな。



「こっざかしいまねしやがっテ、コノヤロオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」



 案の定、というか予想よりも血が上ってたな。こうなったら後は楽なはずなんだがな。

 先程までギリ人間の姿をたもっていたプルーネだったが、怒りのせいか姿をどんどん変えていった。その姿はまるで人の形をした闘牛のようだ。俺の後方にいるミオンも驚いたようで、目を見開いていた。



「コレガ我ノ真ノ姿ダ」

「炎よ 我の魔力を喰らいて 敵を貫け『ファイアランス』」


 俺の後方からミオンの魔法が発動される。


 さすがにミオンの魔法でもこいつは倒せない。そしてミオンは馬鹿だけど馬鹿じゃない。こんな状況で無駄打ちはしないはず。つまりこいつを使えってことか。でもどうやって……。


 そしてミオンの魔法はプルーネ、ではなく俺に向かってきた。


「え、俺?」

「ちょ、ゆうこと聞いてくれないです!」


 ファイアランスは俺に、と言うよりも俺の右腕に吸い寄せられている気がする。そしてミオンのファイアランスは俺の腕に吸収されてしまった。


「ド、ドウナッテイル?」


 特に痛みもないし、変わった様子もない。一体何が。


 ”使って”


 またあの声だ。ミオンの声だが違うのだろう。『使って』って炎を使ってってことだよな。

 俺は強化魔法を使った時と同じような感覚で力を込めた。すると。


「お、出た。炎出た」


 なんというか炎だ。炎が剣にまとわりついているのだ。んーこれ強いのか?


「ソンナモノデ我ヲコロセルト」

「『フォルテート流 修羅ノ型 雲斬り』」


 俺は炎を纏った剣で斬撃を飛ばす。すると炎のような斬撃が、物凄い速度でプルーネを襲った。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ我ノ足ガ」


 炎の斬撃はプルーネの左足を切り落とした。斬られた足は焼き焦げており、なんとも痛々しい姿だ。

 自分の足を失ったことに切れたプルーネは今度こそ怒りで我を忘れ、俺におそいかかってくる。



「オノレェ!!」

「『フォルテート流 龍ノ型 煉獄』」


 俺は片足で迫り来るプルーネの体に、俺は幾つもの斬撃を加えた。片足を失ったプルーネに斬撃を入れるのは容易いことだった。傷口から炎が現れ、一気にプルーネを焼き尽くす。


 俺はプルーネに斬撃を加えるまで意識がなかった。いや、意識はあった。俺がプルーネを斬るところはちゃんと見ていた。そう見ていただけなのだ。

 それにフォルテート流に龍ノ型は存在しない。では一体なんだったのか。後でベイトさんに聞いてみるとしよう。



「リヒト様〜!!」


 ミオンが俺の後ろから抱きついてくる。だがそれを振りほどくほどの体力は俺には残っていなかった。


「勝ちましたね! 勝ちましたよ!」

「ああ、勝ったな。ミオンのおかげだ。ありがとな」

「いや、そんなぁ。照れますよぅ」


 ミオンは本気で照れているらしく。頬が真っ赤だった。俺はそんなミオンを見て、少しドキッとした。……まさかな。


 《レベルアップを確認しました》

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