第24話 再び警察署へ

 くれぐれもよろしくと寺岡さんにお願いし、とりあえず、私たちは新逗子駅から東京へ戻ることにしました。運良く途中で快特に乗ることができました。早速私たちはスマートフォンを取り出しキーワード検索しました。

 ありました。

 その記事の日付は平成三年十一月十五日でした。そこには十一月十四日夜十時頃に山嵜紀子という女性が初台御殿で死亡したこと、警察は事件性はなく自殺の方向で詳しい事情を調べていることのみを端的に伝えていました。その後、関連する記事はないものかと、さらに検索をかけました。すると、当時初台御殿にいたのは社長だけで家族だけでなくお手伝いさんたちも外出していたことが書かれていました。もっと詳しい記事がないか、キーワードを考え巡らせました。

「今年って?平成の何年でしたっけ?」と、雅美さん。

「二十九年ですよ」と、私。

「てことは、事件は平成三年だから?」と、雅美さん。

「二十九引く三は」と、私。

「もう間違いないですね。あの手紙に書かれた二十六年という数字は父と紀子さんを結びつける数字です!」

「そ、そうなりますね」

「あの刑事さんにヒアリングしないとわからないかな。気が進みませんが警察へ行って聞き込みをしてみませんか」と、雅美さんが言うので、

「ううん、どうでしょう、そう易々と何でもかんでも教えてくれるとは思えませんが」

「でも、もう記事には踏み込んだ内容は載っていないですよ」

 またあの眼で私を見つめます。もう、しょうがないなぁ。


 警察署の入口を入って例の仁科と名乗る刑事さんのいる階までやって来た私たちは、「雅美さん先に行ってくださいよ」「ええ?なんで?」「そんなこと言わないで」「ちょっと~」と言い合いしているうちに仁科さんに見つかってしまいました。廊下で「おや?」という顔をして私たちを見つめ、

「今日は何ですか」

「雅美さん、どうぞ」

「ええ?いえ、あの、ちょっとお伺いしたいことがありまして、その、」

「何ですか」

「はい、あの、刑事さんは私の家、ご存知ですか」

 刑事さんは「これは異なことを聴く」という顔をして、

「あなたの家と言うと?」

 と、はっきり答えてくれません。雅美さんはもう観念して、刑事さんが初台御殿を知っていることを前提として話を進めることにしました。

「私の家で、昔、紀子という女性が自殺したことはご存知ですよね」

 雅美さんって人はなんでこう直球すぎるのかな~と思ったのですが、意外にも功を奏したようで、刑事さんは明らかに雅美さんの発言に反応していました。

 仁科刑事は私たちに仁王立ちして、

「いきなり今日はどういったご用件ですか」

「あの、ちょっと今度のこととそのことが、もしかしたら関係しているかもしれないなと思いまして」

 刑事さんは、辺りの様子を窺ってから、しばらく私たちの目を見つめていましたが、

「帰って大人しくしていなさいと言ったはずですよ」

「わかってますけども」

 困っていると、部屋の中で私たちのやり取りを見ていたのか、別の刑事さんが、廊下に出てきて、

「話を聞きましょう」

 と言い、ほかの刑事さんと一言二言、言葉を交わしてからパーテーションで区切られた応接スペースへ案内してくれました。私たちは奥のソファを勧められテーブルを介して刑事さんと向かい合わせに座りました。

 その刑事さんは世の中はつまらぬものだらけだといった表情で、

「で?何か」

 と、ボソボソッと言いました。見たところ五十代後半、そろそろ定年か。痩せてはいないけれどもお腹は出ていて、半分以上白くなった髪は短く刈り上げ、白いワイシャツは第一ボタンを外して少しくたびれ加減、臙脂色の細いネクタイを緩く締めてはいるものの半分ねじれてしまって裏地が見えてしまっていました。足元を見ると、半年は磨いていないであろう安物の革靴で先が埃で白くなっていました。

「はあ、私たちのことは?」

 そう雅美さんが聞くと、その刑事さんは、

「ええ、存じていますよ。先日、代々木八幡で見つかったご遺体を発見なさった方ですよね」

「ご存知でしたか」

「一応、私もそちらの担当をしていましてね」

「あ、そうだったんですか」

「今、たまたま、あなた方が廊下で話し込んでいるのを見かけたので、いや、別に聞こうと思って聞いていたわけじゃありませんが聞こえてきましてね、それでお声をかけた次第です」

「なるほど」

「で、あなた方は何故そんな昔のことをお調べになっているのでしょう、お聞かせ願えませんか」

「はあ、手紙、あの、先日ファックスでお送りしたあの手紙に、二十六年前のことが書かれていましたよね」

「ええ。拝見しましたよ」

「具体的にそれが何なのかまでは書かれていませんでしたが。あれから色々と調べたのですが、同じ二十六年前に、私の家で、ある女性が焼身自殺しています。だから、手紙に書かれたことはこのことなのではないかと思ったわけなんです」

 刑事さんは、『あれから色々と調べた』の部分に呆れた表情をしました。しかし、メモも取らずに雅美さんを見入っているところを見ると「良くそれに気がついたな」と感じたのでしょう、

「それで?」

「はあ、その女性は私の祖父の不倫相手で、祖父が亡くなった後に気が触れたことまでわかっています。でも、何故気が触れたのか、何故私の家に来たのか、何故焼身自殺したのか、それがわからないんです」

 刑事さんは努めて平静を保とうと、重ねた両手をじっと見て、

「それがわかったら、なんだというのですか」

「真実が知りたいんです」

 刑事さんは、困ったなあという顔をして、

「いいですか、まず、あなた方はご自身の立場をもっとよく理解しなければなりません。警察というのは第一発見者も余程のアリバイがない限り一応疑いの目で見るんですよ。今まであなた方はどこへ行っていたのですか。そう、あなた方は会社へも行かずに逗子へ行っている。そして、あなた方は色々な人と接触している。その上、あなた方は何故か堂々と警察署へ来て二十六年前の一件について荒捜しをしようとしている。理解に苦しみますね。詳しい事情を聞きたいのはこっちの方ですよ。そう思いませんか」

 なんということでしょう、刑事さんは私たちの行動を全て把握していました。尾行か。確かに私たちの立場はシロでもクロでもないグレイだということは釘を刺されていました。だから行動は全て警察に筒抜けだった。でも刑事さんの言葉から、その行動が何故何のためになされたのかまでは予測できていない様子でした。だから「何故か」とか「理解に苦しむ」という表現をしているのでしょう。

「話せば長くなるので、二十六年前、私の家で起こった出来事を教えてください」

「ちょっと待ちなさい」

「待ちません!私には家で起こった出来事を知る権利があります!刑事さんが教えてくれないのなら家の者に聞くまでのことです」

「警察と取引しようというのかね、君は!」

 しばらく沈黙がありました。年老いた刑事さんは雅美さんをギッと睨んでいます。雅美さんも負けずに睨み返していました。最初に口火を切ったのは老刑事さんのほうでした。

「朝比奈雅美さんでしたっけ」

「ええ」

「私はね、実は、その二十六年前の事件も担当しました」

 と言って名を名乗りました。刑事さんは加納と言いました。

「では、ご存知なんですね」

「あのことは事件性もなく解決していますよ。過去の新聞を見ればそう書いてあります。図書館へ行って縮刷版を調べてみなさい。いや、今の時代はネットでわかっちゃうのか」

 と、こちらの様子を窺うような目で加納刑事は言いました。

「書いてありましたが、私には事件性がないとは思えません」と、雅美さん。

「というと?」と、加納刑事。

「何故あのようなことが私の家で起きたのか、私は知る権利があります」

「権利って。。。別に隠すようなこたあないですよ。ただね、この前も同じことを聴いてくる人がいましてね」

「この前?」

「ええ」

「この前というと?」

「仁科、いつだった?」

「一週間前です」と、仁科刑事。

「今日で二人目となるとねえ」と、加納刑事。

 一週間前?それはおかしい。一週間前は私たちはまだ何も二十六年前の焼身自殺について手掛かりをつかんでいません。二人の刑事さんは私たちの困惑した表情を見逃していませんでした。

「何かご存知ですね」

「その人は、どんな人でしたか」と、いよいよ黙り通せずに私は聞いてしまいました。

「こちらが先に質問してるんだ!」と、仁科刑事。

「まあ、いい、仁科。そうねえ、七十歳位の女性でしたよ」

「どんな格好していましたか」私たちは同時に声を挙げました。

「そうねえ、このクソ暑いのに黒い和服を着てましたよ」

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