第10話 逃走

「ちっくしょー!ファッキン野郎!」


切り出したのは、弓使いモナモナ。

小さな体に似合わない、長弓をつがえる。


「とりあえずやってみねーことには!」


目一杯引き絞って放った一撃。

それは吸い込まれるようにケルベロスの心臓を狙い─────


黒い剛毛に、あっさりと弾き返された。


「はぁ~~~~?!!

肉に刺さんねーならまだしも、毛すら通んねーかよ!クソが!!」


モナモナがフェルナンドにおぶさる。


「逃げるぞフェリィ!走れ!」


ほぼダメージのない攻撃でも、攻撃は攻撃。

ケルベロスの敵意を誘うには充分すぎる。

そのことをモナモナが分かっていないはずがない。

彼は全部分かった上で、フェルナンドならば逃げ切れるとふんで、心臓を狙うという正攻法の効き具合を早々に試したのだ。


めちゃくちゃやっているようで、モナモナは誰より冴えた奴。

フェルナンドはつい感心してしまった。



軽業師ジェスターが跳躍し、樹木の太枝に上がる。

木から木へ飛び移り、林道を俯瞰して、フェルナンド達に退路を示す。


モナモナを背負ったフェルナンドと、大きな杖を抱えるクラリッサは、ジェスターの指す方向に走り出した。


ケルベロスが凄まじい速度で追ってくる。

巨体のくせに、緩慢さは微塵もない。


「あう、っ…!」

間もなくクラリッサがつまずいて倒れた。

魔法使いの彼は、壊滅的に運動ができない。


「クラリッサ!」

フェルナンドは、すぐさまクラリッサを回収する。


前にクラリッサ、後ろにモナモナを提げて、なおケルベロスから逃げ続ける。


戦士フェルナンドは、逃げ足の速さとスタミナには自信を持っていた。

しかし───四つ脚の巨大な獣とは、当然比較にならない。


「追いつかれる…!ジェスター!」


フェルナンドの求めに、ジェスターが応えた。

普段は口をきかない彼が、声を張り上げる。


「耐えろ!このすぐ先が泉だ!

そこで迎え撃つぞ、フェルナンド!」


ジェスターが木から飛び降りる。


「まっすぐ走れ!俺もすぐに行く!」


彼は空中で体を翻し、短刀を構える。

落下の勢いを借り────ケルベロスのうなじに短剣を突き立てた。


3つの頭の怒りが、ジェスターに向いた。


「あっ、嘘…ジェスター!」

「振り返るなフェリィ!泉まで走れ!」


フェルナンドはモナモナに叱咤され、駆ける。


林道を抜け、視界が開け──────

そこには、赤く濁った泉が鎮座していた。

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