第4話 西洋館の付喪神




「……到着したわよ」


 俺は眠ってしまっていたのかもしれない。


 駕籠が停まった気配を感じて、意識を取り戻したように目を覚ました。


 何時間、駕籠に揺られていたのか。


 知る術はなかったものの、駕籠から這い出ると、外はすっかり日が暮れていた。


 明宝小百合は俺が出てくるのを駕籠の横で待っていて、出られないようであれば、手を差し伸べるような気配りしようとしていたようだ。


 妹の明宝桃子は俺の事などはなっから眼中がないかのようにふらふらとした足取りで歩いていた。


「……館?」


 桃子に視線を向かわせると、その先に西洋風の館がぽつねんと建っているのが見受けられた。


 周囲に木々しかなく、山奥に一軒だけ西洋館があるといった風情だった。


「はい。ここで私達は暮らしています」


 説明を求めたわけではないのに、小百合がそう説明した。


「暮らしている? 二人でか?」


「いえ、付喪神の方々と一緒に住んでいます。入る前に補足させていただきますが、この館も付喪神なんですよ」


「はい?」


「明治時代に建てられた西洋館です。精霊が宿った頃に取り壊されることが決定したのを知るや否や、この場所へと逃げ込んだそうです」


「逃げ込む? えっと……館が?」


 どこぞの敷地内に建っていた館が一夜かどうかは定かではないが、逃げ出して消失するなどという事実があったのだろうか。


 一騒動起こっているであろうから過去の新聞記事などを探れば、それが事実かどうか分かりそうだ。


「その通りです。それ以来、この館は付喪神の駆け込み寺になったそうです」


「でも、どうしてそんな場所に双子姫が? 君たちも付喪神なのか?」


 この二人は妖怪などではなく、普通の人間のような気がしてならない。


 ドア越しの声は『保護した』と言っていたように記憶しているから、付喪神と人との間に産まれた子供とでもいうのだろうか。


「私も、モモも、歴とした人間です。逃げ惑っているうちに、この館に迷い込んでしまったのです」


 小百合は懐かしむような目を一瞬だけするも、思い出したくもない過去でも思い出したのか、眉間に皺を寄せた。


「西洋館の付喪神の中に人が入れるのもなんだな」


「偶然です、偶然」


 切っ掛けがあったのかもしれない。


 人が館の付喪神に入れたのは。


「ん?」


 前を歩いていたはずの桃子が立ち止まっていた。


 身体がぐらついている。


 躓いたというよりも、身体を支える事が困難になっているといった様子であった。


 嫌な予感がして俺は慌てて駆け寄る。


 そのタイミングでぐらりと桃子の身体が揺らいだ。


 そして、意識でも失ったかのように仰向けに倒れそうになった。


「……間に合った」


 寸前で俺は桃子の身体を受け止める。


 桃子の身体は意外なほど軽かった。


「……ありがと」


 桃子は目を開けているのさえ辛いのか、薄目を開けて俺の事を虚空でも見るかのように焦点の定まらない目で見ていた。


 貧血か何かだろうか。


 そっと抱き起こそうとすると、


「身体が動かないの」


 虫の息とでも言いたげな、か細い声が耳に届いた。


「ダイエットでもしているのか?」


 年頃の女の子だろうし、していても不思議ではない。


「ダイエットなんてしなくても、体重は減っていくわ。だって、私達は『死神』に魅入られているのよ」


「厨二病設定か?」


「ふふっ、珍妙な言葉を知っているのね。でも、事実なの。祭将様がきっと説明してくれるわ」


「まずは、祭将とやらと話をしないといけないって事か」


 成り行きで、館の付喪神のところまで来てしまった。


 後戻りはできそうもないし、もうなるようになれってところか。


「だから、おんぶでもして、私を祭将様のところまで運びなさい」


「何が『だから』なのか分からない。運ぶにしても、おんぶは……」


 おんぶをするとなると、身体を寄りかかられることになりそうなので、ちょっと小っ恥ずかしい。


 だっこならば、それほど恥ずかしくもないのではないか。


「運ぶことは運ぶ。クレームは受け付けない」


 抱き留めた格好から、だっこへと移行するのは至って簡単だった。


「なっ?!」


 左手で桃子を支えつつ、両足を抱えられるように右手をふとももの下に滑り込ませる。


 スカートの裾が長いからか、右手がまんま素肌に触れないようになっていた。


 そして、そのまま立ち上がると、桃子を落とさないで運べそうな体勢にしっかりとなっていた。


 これならば、セクハラとは思われないで丁度良い案配だ。


「な、何を……する……こ、この……」


 具合がさらに悪化したのだろうか。


 桃子の顔が真っ赤になっていて、耳までが綺麗なピンク色に染まってしまっている。


「熱でも出たか?」


「……ノーコメント。ノーコメントよ」


 真っ赤な顔を見せまいとしてか、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


 いくらか元気を取り戻したように俺には見える。


 だが、まだ一人では立てそうもなさそうなので支えてやらねば。


「大胆ですね、ご主人様は」


 いつのまにか、俺の横に小百合が立っていて、俺の顔をのぞき込むようにして見ている。


 興味深げというべきか、意味ありげというべきか、感情が読みにくい笑みを浮かべていた。


「何がだ?」


 桃子は想定していたよりも軽かった。


 体脂肪がないからか、それとも、体型がスリムであるからなのかは分からないが。


「ご主人様にならば、モモをお任せしてもよさそうですね」


「任せる?」


 俺は小百合に懐疑的な視線を向ける。


「モモはとても身体の弱い子です。死神の影響を受けやすく、すぐに気力を失ってしまい、歩く事もままならない事が多々あります。その時はお願いいたしますね」


「だから、死神の影響っていうのは何なんだ?」


 桃子の口からも出た『死神』という単語。


 ただの厨二病設定でないとするのならば、なんだというのだろうか?



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