Night of slaves(6)

 オートロックマンションの一室。必要最低限の荷物だけで目立った家具はない。唯一観葉植物だけが、この部屋の彩りだった。


 現在世界唯一のエルフは、正面にハセガワとその隣に彼の妹である魅夜が正座していた。


「ハ、ハーフヴァンパイア?」


 事のあらましを聞いて、内心驚きを禁じ得ない。それと同時に小さなショックを覚えた。

 色んな意味で自分はなんじゃないかと思っていたのに。


 魅夜と名乗ったその子も充分といえるほどだった。


 というか年頃の男女が一つ屋根の下、仮にこれまで兄妹として過ごしていたとしても、実際は兄妹じゃないわけだし、過ちが起こってしまったら......いやいや、彼に限ってそんなことはあり得ないと自問自答を繰り返していた。


「あ、あのエルフさん。それでどうか僕達に力を貸して頂けないでしょうか?」


 そう言われてはっと顔を上げると真剣な顔。そして、目の下には隈。


 眠れなかったんだ。きっとここにくるまでもの間にも相当な覚悟をしてきたに違いない。


「うん、いいよ。何をしたらいい?」


 即断即決。気付けば勝手に口が動いていた。安心させたくて微笑みで答える。


「え?いいんですか?あの、正直かなり危ないです。さっき話した姉妹も相当な手練れで––––––」


「それでもいいよ」


「......っ!」


 彼は心配してくれている。悩んで悩んで、助けてほしいのに断られたいとも思っているのだ。


 嬉しい。彼の優しさに応えたい。むしろ彼の心配が私に決心させてくれる。


「あの、ありが、とう、ござい、ます、です」


 拙い日本語で魅夜ちゃんも一生懸命伝えてくれる。


「大丈夫。それに私、結構強いんだよ?ね?」


 そう風の精霊に呼び掛けるとキャイキャイ体の周囲を緑光が飛び回る。


『エルフ守る!』『またこいつか!』『だから言ったのに』『スケベスケベ』『力貸す?』『いっぱい貸す!』『エルフちゃんマジ、エルフ』『おっぱい運動がんばって』『腕が鳴るぜ!』


 なんだかこの前の一件から力を貸してくれる精霊の数が一気に増えた。はーくんのおかげなのかな?


 おっぱい運動のことは黙ってて。


 飛び回る精霊を見ながらはーくんも「すげ〜」とため息をつきながらその光景に見惚れている。


 はーくん可愛い。ぎゅってしたい。でもあれだけ冷たくしてたのに急に......その、ねぇ?


「はっ!あのそれでエルフさんにお願いしたいのは––––––」


 彼が考えた作戦を聞いて、正直耳を疑った。この場で1番死に近いのは他の誰でもなく彼だ。


 話を聞く限り、姉妹はプロのハンターだ。自身もエルフであるが故に狙われたことはある。


 黒みがかった臙脂色の髪を持つ双子の姉妹。私の想像通りなら、それぞれの単体の実力は銀等級。コンビネーションを加えれば金等級に届くかもしれない実力者。


 懸念点はそれだけじゃない。


「はーくん、もしかしたらもう人間に戻れなくなっちゃうかもしれないんだよ?


 それに相手を殺さないっていうのも今後を考えたら危険だよ。


 非情かもしれないけど、ハンターはお金で雇われてるから失敗しない限りは何度でも狙ってくる」


「......はーくん、です、か」


 ポツリと呟く魅夜ちゃんの目が据わっている。


「それに、私がそのメアリ?っていう子を相手にするってことだけど、足止めだけでいいって......」


 彼は落ち着いている。私の言葉に迷うことも、考える様子すらない。いっそのこと清々しいともいえた。


「エルフさん、心配してくれてありがとうございます。でも、決着は僕達でつけたいんです。昨日話し合ってそうしようって決めたんです」


 彼の目に迷いはない。これ以上は蛇足。


「わかった。これだけは約束して。


「わかりました。約束します」


 そう言った彼の瞳の奥が僅かに揺れた。


 胸が締め付けられる。精霊達も彼の嘘を囁いている。確かに死ぬ気はない。


 でもいざとなれば命を賭ける。彼の瞳はそう告げていた。

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