エピローグ
通ってる学園から少し離れたオートロックのマンション。必要最低限の荷物を持ち込んだだけの簡素な部屋。
窓際に置かれた背の高い観葉植物だけが唯一、必要性を感じて購入したものだ。
所詮、先祖返りというだけで、森の中で生活してきたわけではないのだが、エルフの血がそうさせているのかもしれない。
陽の光が部屋をオレンジに染めていく。
夕陽に照らされたフローリングに直接ごろん、と寝転がると体に入っていた力みが取れていく。
「ふぁっ...んぅ眠たい」
携帯電話を取り出して明かりのついてないディスプレイを撫でる。
思い起こすのは薄暗い路地裏での出来事。
今日私は初めて風精霊の言葉に背いた。
最初、彼には長耳や精霊光を見られてしまったこともあって警戒ばかりしていた。
どこで噂を聞いたかは聞かなかったけれど、後をつけてきて人の心が読めるのかなんて聞いてきたりもした。余計なお世話だと突っぱねてやったけど。
彼が私に話しかけてくる度、風の精霊は『気をつけて』『信用しちゃダメ』と警告してくれていたし、私はそれを信じていた。
彼は私が人の心を読めると思っていたようだが、それは違う。あくまで噂だ。彼には訂正したが、精霊が善意や悪意を教えてくれているに過ぎない。だから真意まではわからない。
早合点ではあったけれど、黒の外套と2人きりで話してる姿を見て彼は心配してくれた。
腕を振り払っても彼は私に思いを届けてくれた。
––––––怒ってくれた。
叫びに近いそれは心臓の奥に響いた。
ずっと孤独だった私を諦めずに何度も心配してくれて、放っておかないと言ってくれた。
あんなに強い言葉を言っていたのに必死だった彼の手と足は震えていた。
––––––勇気を出してくれた。
それでも相変わらず精霊は『信用しちゃダメ』と何度も私に告げていた。
何度も信じてきた風精霊の囁き。
けれど、目の前の彼の姿を言葉を私自身が信じたいと思ってしまった。
精霊に聞かなくったって私にもわかる。彼は嘘をついていないって。
だからあのとき、ぎゅっと胸のあたりを握りしめて精霊に問いかけた
––––––信じたい。
『ダメだよ』『きっと悪いやつだよ』『絶対ダメー!』『傷ついちゃうよ?』『悲しませたくないの』
複数の精霊の囁き。
––––––私は信じたい!
『ん〜』『エルフちゃんがそこまで言うなら』『えー!ほんとに?!』『たしかに嫌な感じはしないケド』『でもスケベだよ?』
『うんうん、スケベスケベ』
ちょっと、主旨ズレてるじゃない。
そうか。きっとこの
そのとき、精霊達の囁きが収まり、少しだけ大人びた精霊の声が響く。
『いいのですか?』
––––––いいの。
『また傷付くかもしれませんよ』
––––––それでもいい。
『......そう。やっと見つけたのね』
––––––ありがとう。
精霊が少し笑ったような気がした。
ゆっくり目を開けると、息を切らした彼が相変わらず心配そうな顔をしていて。
そんなに想ってくれていたのかと思うと、トクントクンと切なく甘い胸の痛みのせいで目が合わせられなくなってしまって、つい『怒鳴らないで』なんて言ってしまった。
それからお互いのことを色々話したけれど、そのどれもが新鮮で久々にこんなに喋って疲れたのに、この疲れが嬉しかった。
胸に灯った暖炉のような暖かさを抱きしめる。随分と長生きしているのにこんな気持ちは初めてだ。嬉しくて、きゅっと締め付けられて、くすぐったくて、恥ずかしい。
ついさっき彼とは連絡先を交換したのだ。時間が足りなくて終わらなかった話の続きをしたい。
まだ明かりのついてない携帯電話のディスプレイをツンツン、と指でつつく。
まだかなっ
まだかなっ
まーだかなっ
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