第四十四話 こうして世界(下町)は救われた

 下町の、東京の、日本の、地球の遥か上空で――。

 目も眩むばかりの閃光が音もなく放たれ世界を照らした。






 ◆◆◆






 その一撃を生み出した最終決戦兵器との異名を持つ超巨大ロケットが、東京湾の片隅から発射されたことを知る者は少ないだろう。巧妙に、入念に、世界列強の軍隊が有するレーダー網を掻い潜って発射されたそれには、邪悪でありながらも誇り高き名前があり、標的となる隕石へと確実に命中させるための操縦者――人工的な――が必要だった。




 そして、彼女は最後にこう言った。


『皆サント過ゴシタ日々……決シテ忘レマセン』






 ◆◆◆






『……ナーンチャッテ』

「知ってたよ! 知ってたもんね! くっそ!」


 最終確認ボタンを押そうとするルュカさんの手に泣きながらすがりついて引き留めたあたしなんて存在しないのである。少なくともこの次元の話じゃない。ちっくしょう。どうりで必死に止めるあたしの顔をルュカさんが不思議そうに、ちょっと面白そうに見つめていた訳だ。


「それで? もうこれ以上、トラブルはないの?」

『アリマセンネ。一ツクライシカ』

「……教えてタライさん」

『ソレハルュカ参謀ニオ任セシマスネー』


 逃げやがった!


 ぎゃあぎゃあわめき散らそうともそれ以上うんともすんとも言わなくなったタライさんをあきらめて後ろを振り返ると、くすくすと忍び笑いをしているルュカさんが立っていた。あたしは渋々指輪をめる。


「今度は何だ、ルュカ?」

「大したことではありません。ええ、実に些細ささいなことです」

「……嫌な予感しかしないんだが」


 ルュカさんはすぐには答えず指を、ぱちん、と鳴らす。するとそれに即座に応じるように、虚空から抜丸さんの姿が出現した。あのさ……それ、ちょいちょい見るようになったけど、凄く負担がかかるとか言ってなかったっけ? 濫用してるじゃん。


「オイラ、ちゃんとやることやっといたッス!」

「……一応、聞かせてもらってから判断しよう」

「悪が力を世に示す時、って言ったら決まってるじゃないッスか! アレ、ッスよ、アレ」

「私はお前の嫁ではないんだぞ? はっきり申せ」

「じゃじゃーん、ッス!」




 ん?

 んんんー?




 誇らしげに胸を張り、抜丸さんはさっきまで折り畳まれていたらしき一通の手紙をあたしに向けて広げてみせる。


「どッスか?」


 どッスか、じゃないよ!

 頭が……痛い。


「何となく察したが……読み上げてはくれないか?」

「ええとッスね……あの隕石は、我々《悪の掟ヴィラン・ルールズ》が頂戴した、ッス! あ! もちろん最後にアーク・ダイオーン様の名前も入れてありますッス!」


 犯・行・予・告。

 っていうか、事後報告だね……。


 ぺたぺたと新聞の切り抜きで仕立てられたその代物は、アニメとか漫画でしかお目にかかれないと思ってた。しかも、あたし発信の怪文書なんて……。


「で、ですね? 早速総理からの要請がありまして、アーク・ダイオーンなる人物に、是非感謝状を贈りたいので会見に出席して欲しいと――」

「……成程、と答えて、出ると思うのか?」

「ですよね。TALAI、映像を回してください」

『ホイ来タ、合点』


 ぶうん、と大広間に一際巨大なスクリーンが浮かび上がった。すでに式典の準備は整っているらしい。舞台上には総理大臣を筆頭に防衛大臣など数人の官僚が居並び、何処かで見たような気がする女性アナウンサーがマイクを握っていた。マスコミも多数詰めかけているようだ。


「……まったく。こういうことだけは手際が良い連中だ。度し難い」


 とは言え、悪の首領たるもの、やるべきことはやっておかねばなるまい。

 ……嫌だけど。


 ようやく勢揃いした構成員たちが見守る中、玉座からゆっくりと立ち上がり告げる。


「タライよ、あの馬鹿げた会場のモニターをハッキングできるか?」

『犯罪デスヨ? デキマスケドネ』


 おま言う。


「では、やってくれ」


 唐突に、舞台後ろに設置されていた巨大な液晶モニターにあたし――アーク・ダイオーンの姿が映し出され、予想を超えた出来事に会場内が瞬く間に騒然となった。




 息を吸う。

 息を吐く。




 そしてあたしは、重々しい響きを伴ってゆっくりと語り始めた。



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