第四十一話 再会

 長い回廊を一気に走り抜ける。

 予期していた抵抗は何処にもなかった。




 そして――。




「……遅かったじゃンか。偽モンの悪の首領様」




 そこに。

 彼が立っていた。




「タウロ……待たせたな」


 いきり立つ皆を手で制し、あたしは一人、挑むように一歩踏み出した。彼ら《改革派》のリーダー、ゴールデン・タウロは手の中のナイフを放り投げてはキャッチして弄びながら、歌うように言った。


「もうじき準備も終わる。俺たちが手ェ下さなくてもどのみち終わっちまうみてえだけどな」

「そうはさせん。そのために私は来たのだ」

「はン」


 軽く鼻で笑い飛ばし、ぱちっ!とナイフを受け止めたタウロはそれをあたしに向けて突きつけた。


「で? 何ができンだ、てめぇに?」

「私には何もできない。この姿をしていても、中身は何の力も取り柄もないただの女子中学生に過ぎないのだから。だが……私がお前を止めてみせる」

「は? 何言ってンだか分かンねえぞ?」

「私とて同じなのだよ。分からない……まだ」




 そして――。




《私》は指輪を引き抜いて《あたし》になった。




「それでもあたしはこう言うよ。あたしがあなたを止めてみせるんだって、タウロ」

「だから……。どうやンだ、って聞いてンだよ?」

「話をさせて」

「嫌だと言ったら?」

「ちっぽけなあたしの言葉を怖がったあなたの負け、ってことでどうかな?」

「ち――」


 刺々とげとげしい舌打ちが聴こえたが、聞いてくれる気にはなったらしく、思わず胸をろす。


「ねえ、タウロ――」

「時間がねえンだろ?」

「ないよ。こうしているだけで、あと数時間であたしたちの町は終わり。東京もほとんどなくなっちゃうんじゃないかな。でも、話がしたい、あなたと」

「俺と話すことなンてねぇだろうが」

「ある。あるよ。いっぱい」


 にこり、とあたしは笑った。

 心から。


 そして、ぺこり、とお辞儀をした。


「あの時、トラックにかれそうだったあたしを助けてくれてありがとね。御礼、言いそびれちゃったからさ。だって、いきなり消えちゃうんだもん」

「てめぇ……あの時の」


 思いもよらなかったのだろう。タウロは改めて目の前に一人立っているあたしの姿を眺め呟くと、じきにやれやれと首を振って薄ら笑いを浮かべた。


「べ、別に助けたくてやった訳じゃねえ! 勝手に身体が動いちまったンだ。御礼も何もねえ」

「あたしが言いたかっただけだもん。良いよ、別に」

「……調子の狂う野郎だな」

「お互い様でしょ?」


 ふん、と鼻で笑って見せてから、


「嘘、冗談。あたしはタウロと話せて楽しいよ?」


 にひー、と笑いかけると、ますますタウロはむっつりと顔を顰めそっぽを向いてしまった。


「ね、タウロ――?」


 あたしはずっと気になっていたことを尋ねてみる。


「あたしって、そんなに二代目に向いてないかな? 自分の方こそ悪の首領にふさわしい、とかって思ってたりする? だったらさ、あたし――」

「そうじゃねえ。そンなこと、思ってもいねえよ」


 最後まで言い終わらないうちにタウロがそれを苛立たし気に手を振って打ち消した。


「俺はリーダーってガラじゃねえ。独りでいる方が気楽なンだよ。今回だってたまたまだ。俺が出て行くと言ったら、アイツらが勝手についてきたンだよ。……ったく、邪魔でしようがねぇ。スカウトだの仲間を増やすだの、余計なことばっかしやがって」

「人気者なんだ。意外」

「……は? 茶化してンのか?」


 じろり、とあたしを睨み付けるタウロ。


「意外って思ったのはホント。でも、馬鹿になんてしてないってば。あたしって、思ったことすぐ口に出しちゃうんだ。これ、悪い癖だね」


 続けて言う。


「でもさ、タウロのそういうツンツンしたとこも悪い癖だよ? 皆はタウロのこと、大事な仲間の一人だって思ってるんだから。もう少し素直だったら可愛いのに」

「可愛い、って言われて喜ぶ奴はいねえよ」

「え? そう? あたしは嬉しいけど?」

「ち――」


 二回目の舌打ち。


 でも、何だかさっきより柔らかい響きに聴こえた。


「……やっぱ、てめぇはあのじじいの孫だな。嫌なとこまで良く似てやがンよ」

「銀じいのこと?」

「ああ、そうだよ。他にいねえだろ?」


 タウロは軽く肩を竦め、溜息を吐いた。


「もっと愛想良くしろだの、目上には敬語を使えだの、勝手に施設の外をふらつくなだの、いちいち人のこと目の敵にして説教垂れやがンだ。ま、こっちはあのじじいに拾ってもらった身だかンな。そう……名前もなかった俺の名付け親でもあンだよ」

「ゴールデン・タウロ、って銀じいが付けたの?」

「そうだって言ってンだろ? ……見せてやる」


 突如、目深に被っていたフードを取り去り、パーカーを脱ぎ捨てたタウロの肉体が黄金の輝きに包まれた。すると、みるみるうちに、ぼこり、ぼこり、と痩せて引き締まった浅黒い上半身の筋肉が隆起し、皮膚までも黄金色に染まっていく。そして、左右のこめかみあたりから、めきめきっ!と二本の角が天に向かって高く捩じれ伸びた。




 これが……タウロの本当の姿……!




 あたしは驚くよりも先に、綺麗だ、と思ってしまった。ギリシャ神話に登場する神を模した彫像のように均整の取れたその姿に見惚れるばかりだった。背後で待ってくれているルュカさんたちも、あまりタウロの真の姿を見る機会はなかったのだろう。その感情はさまざまだろうけど、やはりあたしと同じような印象を持っているようだった。


「これが本来の俺の姿だ。だが……あのじじい、これを見て言ったンだ。これからのお前の名は、ゴールデン・タウロだ、ってな」


 そう言って、タウロは自分の頭に生え出た角を人差指で弾いてみせる。


「……ったく、物を知らねえじじいだぜ。普通、こンな姿してたら、タウロス、って付けるンじゃねえのか? だろ? そしたら言いやがった――お前に『ス』は要らねぇよ、タウロつったらタウロだ、ってな」

「あははは。銀じいらしいや」




 でも――じゃあ何で、タウロ、なんだろう?


 何かが、もやっ、とあたしの胸の奥から噴き出して一つの答えの形を作ろうとしたのだが、すんでのところで取り逃がしてしまった。もうちょっとだったのに……。




 しかし、もう一つの答えはタウロが教えてくれた。


「何で俺が、本来の姿を見せたか分かってるよな? 俺を止めンだろ、二代目? この先もてめぇがアーク・ダイオーンを名乗るにふさわしいか、俺様が確かめてやろうってンだよ!」

「あ、主――!?」

「良い! 下がって!」


 一瞬にして殺気立った背後の気配に、あたしは有無を言わさぬ口調で告げる。


「これはあたしとタウロの決闘なの! あたしがやらないと駄目な奴でしょ! あたしの命令が聞けないの!?」

「し、しかし――!」


 リュカさんは喰い下がったが、あたしは頑として首を縦に振らなかった。


「あたしは本気なんだよ!? 本気で《悪の掟ヴィラン・ルールズ》の首領を引き受けたんだから! 絶っ対に皆のことを守るって決めたんだから! あたしの中にある悪は、何者にも負けない、絶対に曲げない志なんだ! だったら、死んだって引き下がれる訳なんてない! 下がりなさい!!」

「はン……口だけは達者だな、偽モンの悪の首領」


 嘲るように言い放ちナイフを傍らに投げ捨てたタウロは、じり……とスタンスを広げて突撃の構えをみせた。




 対するあたしは――。



 背後の皆を守るように、大きく手を広げて立つ。



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