第三十二話 《正義の刃》

『――連日お伝えしておりますテロ事件に関連して、テロ対策特別措置法にのっとり、その協力支援活動の一環として、企業主体の対抗組織を結成するとの発表がなされました。その中心となるのはアサマ重工業で、近日中に詳細について記者会見の場を設けるとの発表がありましたが、一部野党からは、法の拡大解釈である、との非難の声ががっております――』


 続いて切り替わった画面には、やけに賑やかしげな記者会見の場面が映しだされていた。


『――こちらが、我がアサマ重工業の技術の粋を尽くした新型パワーPアシストAスーツSに身を包んだ、民間主導の対テロ組織《正義の刃ジャスティス・エッジ》の最新装備となります。実際に所属するメンバーについては、さまざまな方面から厳正なる審査の下、選定・選考を進めている最中でして、こちらもほどなく皆様の前でお披露目ができるものと思っております――』


 ぷつん、と映像が途切れる。

 あたしはアバターの細い顎を撫でながら尋ねた。


「これをどう見る。ルュカよ?」

「難しい御質問ですね」


 ルュカさんは慎重に言葉をり抜いた上で答えた。


「……少なくとも、我々にとって少なからず障害となり得る新たな存在が生まれつつある、と考えた方が良いでしょう。実力はどうであれ、です。何しろ相手は《正義の味方》を冠する者たちですので」

「ならば、全力で叩き潰さねばならない――か」


 他ならぬあたし自身が言ったことだ。

 そこに迷いはない。我々は誇りある悪の組織だ。


「ご友人のことが気掛かりですか?」

「いいや。それとこれとは別の話だ。私が案じているのはそこではない――」


 あたしは迷うことなく首を振った。




 少し前から確信していたことだが、アバターに身を包んだあたしは、見た目はもちろんのこと、口調や振る舞い、思考ですらも悪の首領にふさわしいそれに切り替わる。




「――せっかく皆が平穏な日常を得られたというこの矢先に、それが台無しになるような真似はされたくない、そう思っているのだ」




 だが、それは与えられたものではない。

 こっちこそが本当のあたし自身なのだ。




「実際の話、想像していた以上に今の計画は順調に進んでいる。この町の彼らは我々を、我が《悪の掟ヴィラン・ルールズ》の皆の働きを高く評価してくれている。皆だって実に楽し気に、嬉しそうに日々を過ごしているではないか。違うか、ルュカ?」

「仰せのとおりです、アーク・ダイオーン様」


 ルュカさんは、ほうっ、と笑ってみせたが、そこに何処か物憂げな色があるのは隠せない。


「しかしながら、いまだ《改革派》の居所は特定できておりません。このまま活動が継続されたならば、いずれ彼らとも相対することになるのは必至かと」

「確かにそうだな。こっちの新勢力に関しても引き続き情報収集を頼む。……そしてもちろん、タウロたちについてもだ」

「承知いたしました」


 ルュカさんは恭しく一礼を返した。


 ゴールデン・タウロをリーダーに過激なテロ活動を続ける《改革派》、そして、アサマ重工業の技術力の粋を結集した対テロ組織《正義の刃》――どちらも頭の痛い存在になりつつあるこの現状は、一刻も早く打破する必要がある。


「でぇじょうぶ、何とかならぁ……か。ううむ」


 奇怪でグロテスクな形状をした玉座の刺々しい肘掛に頬杖を突きながら、あたしはそっと呟いた。とてもそう気楽には思えない状況だが、確かにそれくらいの気概で構えていなければ気が変になりそうだ。


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