第十六話 VRって

「これはこれは。アーク・ダイオーン様」

「う、うむ。久しいな、ルュカよ」


 いつもどおりに丁寧な会釈で迎えられるあたし。

 留守にしていたことを責められるかとも思ったが、


「いえいえ。ご不在にされていたといっても、たかだか一週間ではありませんか。その程度で薄れるほどやわな絆ではございませんよ、我々は」

「そうだな。お前の言うとおりだ」


 今の会話に少しだけ違和感を覚える。ゲームにちっとも詳しくないあたしだけど、この前クラスの子に、MMORPGの世界は通常より時間の流れが早いんだ、って聞いていたからだ。理由は簡単で、そうしておかないとゲーム内の時間帯に応じて定期的に発生するイベントに参加できない人が出てくるから不公平なんだそうだ。


 でも、今のは現実の時間の話をしていたのかも知れない。

 いろいろ考え過ぎちゃってるのかも、あたし。


「皆の様子はどうだ? 変わりはないか?」

「ええ」


 ルュカさんは微笑んだ。だが、今の質問だけではそれ以上語ってくれない。もう少しツッコんだ聞き方をしないと。


「あー……ええとだな――」


 ぽりぽり、と固く尖った顎を掻く。そういえば、いまだに自分のアバターってちゃんと見れていないんだけど。


「こ――この前は、不覚にもやけに盛り上がってしまったな。私としては、当たり前のことを当たり前に口にしただけのつもりだったんだが……」

「いえいえいえ!」


 ルュカさんは慌てたように顔の前で手を振った。


「お陰で目が覚めました! 皆も初心を取り戻したようで、新たな使命と任務に燃え、すでにいくつかの成果を上げております。もしや、ニュース番組などでお見かけになられましたでしょうか?」




 あああああああああああああああああああああ!

 やっぱりぃぃぃぃぃっ――!




 瞬間、ぐらぐらと眩暈がして世界が回り始めた。あたしは玉座の上で思わずぐったりへたり込みそうになるところを肘掛をしっかと掴んで踏み止まる。


「何もそんなに馬鹿正直――いや、私への忠節を尽くし、ストレートに遂行せずとも良かったのではないか? あくまであれはVRの中だけの話だぞ?」

「ははは。VR、ですか。まあ確かに仰るとおりにございますね」


 だが、ルュカさんが続けて口にした科白に仰天して開いた口が塞がらなくなってしまった。


「しかし、意外です。我ら《悪の掟ヴィラン・ルールズ》のことをアーク・ダイオーン様が《VR》と縮めて呼ばれたのは、私の記憶が定かであればこれがはじめてだったように思います。そういうのは、お嫌いかと」






 え………………!?






「《VR》は仮想現実ヴァーチャル・リアリティのこと……ではない?」

「? そういう物もあるとは存じておりますが――」






 嘘……でしょ!?




 × VR=《仮想現実》。

 〇 VR=《悪の掟ヴィラン・ルールズ》。


 ってことぉぉぉ!






 つまり、VRルームは、《悪の掟》の部屋ってことなのであり、VRゴーグルは《悪の掟》でアーク・ダイオーンとして振舞うための専用ゴーグルだったってことなのか。


 って、そんなの分かる訳ないじゃんっ!




 あ――。


 急に黙り込んでしまったあたしをルュカさんが不思議そうに見守っているその瞬間、もう一つ気付いてしまったことがあった。




 つまり、銀じいは――




「ど、どうされました、アーク・ダイオーン様?」


 いつも冷静なルュカさんだが、いよいよ落ち着きを失って不安そうに声をかけてきた。


「な、何か我々の成したことに落ち度がございましたでしょうか? お言いつけどおり、誰も傷つけず、脅迫も強奪もいたしませんでしたが。あ――ま、まあ、我々も慈善事業ではありませんので、口封じにと差し出された金品は遠慮なくいただきましたけれど」

「お、大いに……け、結構で……ある」


 あたしはようやくそれだけを口にすると、ルュカさんにこう尋ねた。


「この施設内に、外部との連絡を取るための設備はあったよな? あったと思うんだが……」

「はぁ。では、いよいよ政府へ声明文を?」

「ではないではない!」


 してたまるもんですかっ!

 ぽりぽり、と頬を掻きつつもごもごと答える。


「プ、プライベートな連絡がしたい。ちょっと野暮用があってな。誰にも邪魔されたくない」

「そういうことでしたら――」


 ルュカさんがスマートに指を弾くと、それまで何もなかった大広間の頭上に薄緑色のホログラフィ映像が浮かび上がった。その中の一室が点滅している。


「あまりお使いになられていませんでしたのでお忘れですか? アーク・ダイオーン様専用の御自室があるではありませんか。もちろんご不在の間も手入れや掃除は欠かしておりません。御用がお済みになったら、この私でも誰でもお呼びつけください」

「う、うむ。そうさせてもらおうかな」


 あたしは記憶が薄れる前にそこへと猛ダッシュで向かったのだった。



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