第十一話 データヲ引キ継ギマスカ?
3。
2。
1。
ごうん。
「ううう……酷い目にあったんですけど……」
例の薄ぼんやりした緑色の壁が消え去るや否や、
とは言っても、特に何かをされた訳じゃなくって、ただただ暇だっただけ。一人乗りのエレベーターらしきものの室内も真っ暗ではなく適度な明かりが灯っていたし、密室は密室だったけど周りの様子は見えていた。ただし、何処まで降りても同じような風景――少し違うか。途中までは岩盤みたいなごつごつした物が、少しずつ金属っぽい物に変わっていった。
でも、それだけだ。
なので、ようやく目の前に広がっていた少しぽっかりとした空間がとてつもなく安心感を生んでいた。広さは居間と同じ。六畳くらい。高さも同じ。
「ん?」
足元に何処かで見たようなスリッパを見て、くすり、と笑いが
これ、銀じいのじゃん。
失くしちまった、とか言ってたけどここにあったのね。
「お借りしまーす」
迷わず
床は金属っぽいけど、じんわり暖かい。銀じいのスリッパのおかげかもしれない。
「ええと……次はどうするのかな?」
ぴこん、と例の矢印クンが表示されたが、あたしはもう迷う必要がなかった。というのも、その部屋にはそれきりしかなかったからだ。
「VR……ルーム?」
そうでかでかと刻まれた鋼鉄の扉しか、その部屋にはなかったのだ。
「って言うかルームも何も、もう仮想世界には入れてるんじゃないの? 何でわざわざ……」
ぴこんぴこん。
「分かったってば」
その扉の中央あたり、閉じた合わせ目の両脇に手のひらを模した一対のマークが浮かび上がっていた。そこに手を押し当てろ、ってことなんだろう。
「銀じいの手じゃなくってもいいのかな……」
ま、やってみたら分かるか。
ぴと。
『――承認シマシタ』
「うわっ! びっくりした!」
今までうんともすんとも言わなかったスピーカーから硬質の人工音声が響いたので驚く。
『――驚キマシタカ?』
「驚きましたです」
我ながら変な会話である。
『――所有者ノ変更ガアリマシタ。データヲ引キ継ギマスカ?』
「って言われても……」
『――データヲ引キ継ギマスカ?』
「引き継がない、って言ったらどうなるの?」
『――今マデノデータハ削除サレマス。キレイサッパリ。データヲ引キ継ギマスカ?』
それは……やだな。
このVRゴーグルは銀じいがくれた物だ。
すきにしな、そう言ってくれたんだから――。
「データを引き継いでください。お願いします」
『――承認シマシタ。電源ハ切ラナイデクダサイ』
言われなくても電源を切るつもりなんてないあたしは、目の前に浮かび上がった処理中を示すバーが徐々に伸びていくのをぼんやりと見つめていた。暇だ。
「ね? 話しかけても大丈夫なの?」
『――許可シマス』
「あなたの名前、あるの? 教えて」
『――私ノ名前ハ、総合人工論理案内インターフェース、略シテTALAIデス』
「タ、タライ……?」
軽く絶句するあたし。さすがは
「ね? タライ――さんは、この扉の先に何があるのか知ってるんだよね?」
『――モチロンデス』
しばらく待ってみたが、それ以上、喋らない。
はい/いいえ、で答えられる質問だと、それだけで終わってしまうらしい。
「何があるの? 教えてくれない?」
『――VRノ世界デス』
「それは言われなくても分かるんだけどね……」
タライさんとの付き合い方がうまく掴めないんですけど。
「んと。VRの世界で、あたしは何をすればいいの?」
『――オ好キナヨウニ。アナタノタメノ世界デス』
「勝手にしろ、ってこと?」
『――ソウトモ言イマスネ』
これ、本当に人工知能とか何かなのかしら。
受け答え斬新すぎる気がするんですけど。
「もっと詳しく教えて欲しいんだけど――」
『――データノ引キ継ギガ完了シマシタ』
さらに喰い下がったあたしに向けて、タライさんは有無を言わさぬ口調で言い放ったきり沈黙してしまった。
「あのー! 聞いてるんですけどー!?」
し……ん。
へんじがない。
ただのタライのようだ。
待てど暮らせど返事がない代わりに、目の前の扉が音もなく左右に開いた。あたしは仕方なく溜息を
『――全テハアナタノ意ノママニ』
最後の最後の一瞬、微かに聴こえた気がした。
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