第八話 ヒーロー?は突然に

『超国際救助戦隊ユニソルジャー』。


 その名を冠した特撮ヒーロー番組が、今でもマニアの間で根強い支持を受ける一番の理由。


 それは、根底に流れる不変のテーマ――善は本当に善なのか、そして、悪は果たして本当に悪なのか、それ故だ。それまで誰も気にも留めなかったであろう特撮モノにありがちないわゆる「メタい」部分を取り上げ、視聴者に対して疑問を投げかけ続けたからなのだった。


 たとえばである。


 必殺技を喰らって倒された直後、謎の技術が生み出した光線を照射されたことによって蘇り巨大化した怪人を倒すため、『ユニソルジャー』たちは六基合体の巨大ロボ『ユニソルマックス』で対抗するんだけど、特撮モノでお馴染みのとおり、戦闘のあおりを受けた周辺のビルや民家は粉々に砕け、次々と倒壊してしまう。




 ここまでは良いと思う。




 い、いや、良くはないけどさ。

 普通だよね、うん。




 けれどエンディングパートでは、倒壊した建物の復興を主人公たちが行い、被害にあった人たちに済まなそうに謝罪して回るのがお決まりのパターンだった。そんな大惨事の後でも不思議と怪我人はいない平和な世界観だったけれども、それにしたって何とも世知辛い。


 それに、悪の組織の引き起こした事件の動機だって、冷静に考えてみれば一概に犯罪行為だとは言い切れないものが多かった。


 例を挙げるなら、ミシシッピーアカミミガメ、通称ミドリガメが次々と略奪される事件が起こり各地の公園内の池が大騒ぎになる、という回があった。でもミドリガメは外来種なのであり、本来日本にはいてはいけない生物なのだから、そこまで問題にはならないんじゃないかしら。むしろ逆に、アメリカのミシシッピー川流域では絶滅危惧種に指定されてるんだって聞いたことがある。怪人だって『盗んだミドリガメは元の住むべき土地に還そうとしていた』と言っていた。だったらむしろ、そっちの方が正義の行為なんじゃないかと思ったりする。


 ともかく、あたしが持ち出したオゾンホール云々というのもそのうちの一つだったものだから、その矛盾というかメタさを美孝はつい思い出して苦笑いしたのだろう。




 しかし、


「別にいいわよ!」


 あたしはもはや冷静ではなくなっていた。




「麗なんてあたしの部下には必要ないもん。勝手に正義の味方でも何でもなればいいじゃん。こっちだって頼んでないわよ。さっきも言ったでしょ、ただのごっこだって!」

「な、何よ、そんな言い方しなくったって!」

「お、落ち着けって、お前ら――うわっ!!」


 とん。


 ふとした弾みで、麗か美孝の伸ばした手があたしに勢い良く触れた。


「あぶな――!」


 いつものように車道側を歩いていたあたしの身体が、ぐらり、と大きく傾いた。ひやり、と背筋に走る冷たい感覚の中、あたしの目には迫り来る一台のトラックが映っていた。




 ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!


(間に合わな――!?)




 恐怖で思わず目を閉じたあたしの身体を次の瞬間誰かが抱き留め、耳元に囁きが届いた。


「……ったく。はしゃいでンじゃねえよ、糞餓鬼が。あっぶねえだろうが。ガラにもねえことさせンな」

「あ……」


 抱きかかえられたまま慌てて振り返ると、白いパーカーのフードをすっぽり被ったほっそりした男の人が立っていた。いや、細く見えるっていうだけで、凄く筋肉質の身体なんだってことが実際に触れたあたしには分かっている。俯いたままの顔はフードが邪魔をして見えない。


 わずかに覗くつんつんとがった髪先は金色。わざわざ『金色』と言ったのは、それが本当に金属か何かでできているかのような独特のぬめりとした輝きを放っているように見えたからだ。




 でも、何より一番印象に残ったのはその口元。

 浅黒い肌の中で一際目立つ白い歯はギザギザと鋭く尖り、まるで獣のそれみたいだった。




「あの……ありがと――」


 のろのろと言いかけたところで、すっかり動転した美孝と麗に跳びつかれる。


「お、おい、平気か! びっくりさせんなって!」

「麻央……麻央……! ああ、どうしましょう!」

「平気だってば。だって、この人が――」




 助けてくれ……た……。




 あれ?


 いない――もう、何処にもいなかった。




「あ、あの人は!?」

「えっ」


 美孝と麗は驚いた顔をする。


「そういえば……」

「いなくなって……しまいましたわね」

「見たよね、二人とも!?」


 夢じゃなかったんだってことは、二人がほぼ同時に頷いたので分かった。あたしを間一髪救ってくれた男の人の姿は、もう何処を探しても影も形も見えなくなっていた。


「あたし、探して御礼言わないと――」

「言わないとじゃない! 危ないぞ、君たちっ!」


 間一髪の出来事にすっかり仰天して、トラックの運転席のドアを蹴破るように飛び出してきたおじさんがうわずった怒鳴り声を上げたので、驚いて足が止まった。


「ご、ごめんなさい……」

「何とか間に合ったけどな。って、うわ!」


 大声を出して気が済んだのか、振り返って運転席に戻ろうとしたおじさんがさらに驚いた声を出した。


「何だ、これ!? 何処にもぶつかってないのに……」


 トラックの正面の一部分だけが、べこり、と大きくへこんでいる。今頃になって、あたしは自分の身体のあちこちに触れて怪我をしてないか確認してみた。もちろん、傷一つない。


「お前たちの……って、ぶつかってないんだっけか。ああ、困った、社長にどやされちまう」


 しゃがみ込んでぶつぶつ呟き始めたおじさんをその場に残し、あたしたちは目で合図を交わしてこっそり逃げ出すことにした。




 最後に、あたしの背中におじさんの呟きが届いた。


「何だか……手形みたいに見えるんだよなあ……」


 結局その日はそのまま何となくそれぞれの家へと帰ることになった。




 仲直りは――しなかった。



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