第18話 主様復活

 次の日の火曜日、御子神は来なかった。大山は珍しいねと僕に話したが休んだ理由はだいたいわかっていたけど伝えなかった。他のクラスの子も御子神が来ていないのを不思議に思ったが、そのまま授業が始まると気にすることはなくなった。

 今日学校が終わったら御子神の様子でも見に行こうと考えると、四時間目の授業が終わるチャイムが鳴った時だ。お昼休みだとみんな気を抜いた隙をついたかのように教室のドアがガラッと突然開き、みんな一斉にドアに注目した。


 ゆっくりと入ってきたのは御子神だ。昨日帰ってからもえんえんと泣いていたからか、目が真っ赤になっている。先生と少し話したあと、自分の席に向かう間御子神はみんなの注目をまた集めた。

 あんなに目を真っ赤にしていると何があったのか気になってしょうがないんだろう。


「ほらほら、ボーっとしていないで給食の準備をして」


 先生の一言でやっとみんなの目線が給食に戻された。机を動かす中をくぐり抜けながら御子神に声をかけようとする。けどこういう場合一番に早いのは大山で、真っ先に飛びついた。


「みみみ心配したんだよ。急に学校来なかったから病気にでもなったのかもって。でも給食の前に来るなら」

「昨日まで病気だったけど、もう治ったから」


 大山はその意味がよくわからないようで首をかしげた。御子神がランドセルを下ろしたタイミングでようやく僕の番が回ってきた。


「御子神昨日のことはもう大丈夫?」

「うん。もう平気、朝までいっぱい泣いたから」

「朝まで!? それで大丈夫なの?」

「今でもヒリヒリするよ。でも昨日までより体か軽くなったからそれよりまし」


 いつにもなく御子神が明るい口調で話している。普段なら大山でさえつんとしていたのに、まるでつきものが取れたかのようだ。


「二人とも仲直りできたんだ。仲直り記念にドライカレー多めにするね」

「レーズンは入れないでね。僕レーズン嫌いだから」

「好き嫌いしちゃレーズンの神様が化けて出てくるよ」


 大山の手がだらりと垂れ下げてユーレイのポーズをマネする。残念だけど、レーズンの神様は見たことないけど物の神様は見慣れているんだ。

 給食当番の子たちが教室から出ていくと僕も今日は給食当番だったことを思い出した。みんなに追いつくために給食当番のエプロンを取り出すと、御子神が耳打ちする。


「深山君今日家に来る?」

「うん。もともと御子神の様子を見に行くためにそうするつもりだったけど」

「ちょっと遅れてきてね。大事なことがあるから、祓い串も忘れずに」


 なんで遅れる必要があるんだろう。それに今まで祓い串を持ってくるように指定したことなんて一度もないのに。


***


 学校が終わると同時に御子神は風のようにあっという間に下校してしまった。僕は祓い串を取るため、一度家に帰った。僕の家から上つなぎ神社までは少し距離があるので神社に到着したときには、いい具合の時間になっていた。


「やあ、深山君。美羽が待っているよ。さあ上がって」


 神社の鳥居の前で御子神のお父さんが出迎え、そのまま本殿にへと案内された。


「巫女服を見つけてくれてよかったよ」

「あの、お父さん。ごめんなさい、実は昨日宝物殿に勝手に忍び込んじゃったんです。鍵が閉まっていて、お父さんもいなかったから窓から侵入して」

「ああ、そのことか」


 お父さんはニコニコとまるで全部知っているかのように微笑んでいた。


「あの脚立、私が置いていたんだよ。私がいないときに深山君が宝物殿の中に入れるようにね」

「あれ、わざとだったんですか」


 お父さんは返事もせずくすりと笑うだけで「さあ、美羽がお待ちかねだよ」と障子しょうじに手をかけた。


「美羽、深山君が来たよ。開けていいかい?」

「うん」


 障子が開くと、紅白の巫女服に包まれた御子神がりんとして立っていた。写真の時と違い、採寸ぴったりに御子神の体に合っていた。御子神が日本人形っぽくのもあるけど、真新しい白衣しろきぬと染めたての明るい緋袴ひばかまが本当によく似合い、足には足袋たびもはいて神社の娘らしさがにじみ出ている。


「すっごくきれい」

「よかった。深山君にそう言われて」


 くるりと一回転して、後ろの姿を見せた。御子神も心底うれしそうだ。


「美羽、宝物殿には入れそうかい?」


 お父さんが本題について話しかけた。御子神は首を横に振った。


「わからない。でも、お母さんが私は立派にできてるって言ってくれたもの。このままうじうじしていたらお母さんを困らせちゃう。それに深山君もいるから」


 穏やかに僕に頼られる視線が注がれた。完全復活というわけじゃなかったけど、立ち向かえる力を得られた。なら僕にできることは……


「御子神、僕に一つ提案があるんだけど。たぶんこの方法ならお役目を無理なく果たせると思うんだけど」

「聞かせて」


***


 何度目かの宝物殿。手にはほうきと愛用のぞうきん。お父さんにやってもらったたすき掛け状態の御子神の手にはたっぷり水が入ったバケツと、戦闘態勢掃除の準備は整った。あとはこの中に踏み込んで御子神が復帰したことをつくも神たちに知らしめるだけだ。


「深山君覚えている? 深山君が一人で宝物殿に入って掃除して怒った日のこと」

「うん」

「あの時ね深山君が悔しかったの。私が宝物殿に入れないのに、怖がりの君が堂々と入れるだなんてずるいって」


 ああ、あの言葉はそういう意味だったのか。なんだか馬鹿にされていたようでちょっと気に喰わないけど……


「でも深山君は怖がりなのに、怖い犯人がいるかもしれないのに何度も入って、いつまでもこうしたられないって触発された。だからあの土曜日の日に深山君が入った後に物音が聞こえて、ちょっと勇気を出して踏み込んだの」

「偶然って言ったのは」

「ちょっと意地張っちゃった」


 くすっと御子神が笑った。うん、やっぱり御子神は笑った方が可愛い。


「手つないでくれる。一緒に入ればたぶん大丈夫だと思うから」

「うん」


 開いた御子神の手を握ると、かすかに震える感触が僕の手から伝わってくる。怖い怖いといつも逃げていた僕、けど御子神が勇気を振りしぼっている。この作戦を成功させるんだ。


 木製の階段を上り、錠前にお父さんから預かった鍵を差し込んだ。

 扉を開けたとたん広がるほこりの匂い。においが入ってくるのと連動して御子神の手が強く震えあがる。


「御子神大丈夫?」

「手を引いて、昨日みたいに深山君が引いてくれたら私動ける」


 こくりと僕はうなずき、先に宝物殿の中に足を入れる。僕に連動するように御子神の手が、腕が、体が宝物殿にへと入っていく。そして御子神がすうっと息を吸い、今まで溜まっていた物を吐き出すかのように声を上げた。


「お掃除開始!!」


 主である御子神の声に、中のつくも神たちが一斉に飛び起きた。


「主様?」

「そ、掃除? 主様が先頭に立ってなのか」


 突然のことに混乱を見せるつくも神たち。僕は作戦段階その一のために御子神の手を離して、右端の列の棚に急ぐ。右端の方は主に衣服や敷物しきものが置いてあるところだ。ビニールの紐で縛られ、床に転がっていたカーペットを起こして持っていこうとするとカーペットがバタバタと暴れだす。


「おい、どこに持っていくんだ」 

「主様が日干しするために外に出してと言われたんだ」


 重たいカーペットを持ち上げて、入り口の前で待機していた御子神に受け渡すとカーペットはビニールシートの上に転がされた。

 僕が考えた掃除の方法、まず僕が中に入り道具や物を運び出す。そして入り口で待機していた御子神が外に出して外で掃除する。こうすれば宝物殿の入り口付近だけで済み、主様直々にお役目の管理や掃除をしたという事実ができる。

 もちろんこの行為は掃除する面でも大いにメリットがある。部屋の中で掃除して物についたほこりが舞いほこりが広がるのを防ぐ役割がある。おまけに服や敷物などを外で日干しすればカビや殺菌、ダニの予防になる。御子神のお役目も果たせ、掃除も効果的に上がる。一石二鳥だ。

 次々と服や敷物を運び出すと、次に目についたのは御子神のお母さんが使っていたコートがかかっているハンガーラックだ。


「さっき声が聞こえたんだが、本当に主様が帰ってきたんだな」

「うん。今外でお役目もきちんとこなせているよ」

「外でか? 中に入らないで?」

「外で掃除をしたらいけないわけじゃないでしょ」

「そうなんだが……それをみんなが納得してくれるかが」


 どういう意味だろう。コートを運びながら入り口に戻ってくると、御子神の姿はなかった。いったん外に出てみると御子神がつくも神たちに囲まれていた。


「それでお役目を果たしたつもりか!」

「中に入らないでそれでも主か!」

「主様の証である服ではないじゃないか。詐欺さぎだ!」


 御子神直々に掃除をしているにもかかわらず非難の嵐に見舞われていた。入るまではあった御子神の威勢は急速に失われていってる。


「あーあ、やっぱり主が中に入らないでするからだ。先代は中に入って掃除していたから、前と違うやり方は受け入れないらしい」


 冷静に分析していたコートの話にはもう耳を貸していなかった。お母さんが御子神のために作ってくれた巫女服を、御子神がお役目を果たすためにしたのに、あんまりだ。やめろと僕が叫ぼうとしたその時だった。


「こら! みんな美羽をいじめるのはやめなさい」


 風も吹いていないのに、巫女服がふわっとつくも神たちの前に降り立った。「主様の証が」「失くしたのではないのか」失くしていたと思われていた巫女服が戻ってきててんやわんやの大騒ぎ。

 けれど、その騒ぎを巫女服が一喝して収めた。


「静まりなさい! みんな良くお聞き。先代は突然の不幸で倒れ、美羽が現主であるのです。御子神の主に従うのはわれわれの務めであり、やり方も先代とは違うのは必然でしょう。中に入ってするだけが主の務めではないのです」


 巫女服の説教にさっきまで非難していたつくも神たちは嘘みたいに大人しくなった。まるでお母さんが兄弟げんかを収めるようだ。


「しかしながら美羽はまだ若い、誰かの支えが必要になることでしょう」

「では誰が今の主を支えるのだ? あの父親はわれわれが見えないのだぞ」


 すると、巫女服がふわっと僕の肩に降り立つ。


「この子です。美羽から話は伺いました。御子神の血を引き、われわれつくも神が見えると条件は整っています。それに、美羽が一身上の都合でしばらく入れなった間、この子がお役目を補佐していました。ゆえに、主の補佐役という職を新たに設け、深山霊和をその職に就けます」


 ええええ! 何それ、聞いていない!

 ところがつくも神たちが一斉に僕に振り向いた。考える余地は与えてくれなさそうだ。


「僕が、御子神を支えますから。どうか、御子神を主だと認めてください!」


 大きくお辞儀をしてお願いした。ドクドクとみんなが認めてくれるか不安な音が鳴り響いていく。


「うーん。補佐役か」

「一応御子神の血に連なるものだから問題はないか」


 よかった。どうやら認めてくれそうだ。


「美羽、さっきしまおうとしていたお母さんの巫女服がそっちに飛んでいったんだが見かけなかった、っともしかしてつくも神様たちと何か話しているのかい?」


 本殿から御子神のお父さんが、ビニールシートの上で今何が起きているのかわからない様子で、ぼう然と僕たちを見ていた。

 そしてしばらく沈黙していた御子神が小さくうなずくと口を開いた。御子神がお役目を果たす宣言をするのかと僕は思っていた。


「みんな聞いて。このままだとまた今週の金曜日に不法投棄犯が出ると思う。このまま放置すれば、物の守のお役目を悪用してつくも神様たちの生活を圧迫しかねない。でももうさせない。つくも神様たちの主として補佐役の深山君の力と、つくも神様たちの力を借りて不法投棄犯を追い返す」


 え、えええ! まさかの宣言に僕だでなくつくも神たちも一堂に驚いていた。

 つくも神たちの意見は様々で賛同する物、反対する物、戸惑う物と様々だ。

 間から柱時計さんが出てきて、みんなの意見を代弁した。


「主殿、追い払うというからには何か案はあるのですかな?」

「作戦はある。その要は深山君だよ」

「……僕?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る