第13話 宝物殿で大げんか

 ユサの一件から数日経ち週末の土曜日。また上つなぎ神社にやってきた。先週と違い、今回は許可を取った上での掃除だ。花房が荒らしたことで、道具たちを袋に戻すついでに本格的に掃除をすることになった。御子神の家の人たちだけでは人手が足らないから、僕も手伝いをすることを申し出た


 まだまだ太陽のぎらつきが残る暑さの中、石段を上がる。鳥居をくぐった先に御子神が水道の蛇口でバケツに水をくんでいるのを見つけた。


「御子神おはよう」

「深山君今日もよろしくね」


 笑みを浮かべると、僕は目をそらしてしまう。御子神が笑うたびにこの間の「お役目果たしている?」と聞いたことが頭をよぎった。僕ができていると答えても、御子神は喜ばなかった。僕は何を答えていれば良かったのだろうか。


「バケツ持っていくよ。重たいでしょ」

「別に気を遣わなくても」


 御子神は遠りょするものの、僕が満杯になったバケツを手に持つ、いっぱいになったバケツから太陽の熱で温められたぬるま湯の水が足にかかった。


 宝物殿の前に到着する。まだ花房は来ていないようだけど、そこで見たのは最初にこの宝物殿を見た時と同じ光景だった。前にはなかったはずの冷蔵庫やらまだ新しいであろう収納ボックスが積んであった。

 新しく買ったというわけでもないよね。御子神の顔が険しいし。

 宝物殿の中から御子神のお父さんが汗を拭きながら降りてきた。


「深山君手伝いに来てくれてありがとう、と言いたいところだが」

「これもしかしてまた……」

「ああ、不法投棄された粗大ごみだよ」


 たった一週間前なのにまた不法投棄! こんなひんぱんに起きるものかと驚きを通り越してしまい、ぼう然とした。

 不法投棄したと思われた花房の両親は、知り合いに捨てに行ってもらったようで直接かかわっていないという。こんなに毎週捨てに行くとなると不法投棄しているのは複数人いると考えてもいい。

 御子神がしばらく不法投棄された物に耳を当てる。目の前の物たちにつくも神はいない。けど御子神は物の声を聞こうとしている。きっと誰が捨てたのか聞こうとしているんだ。今ここに祓い串があれば降ろしてやりたい。


「お父さん、もう警察に来てもらおうよ。いくら何でもひどいよ。こんなペースじゃ、宝物殿に入れておくスペースもなくなるよ」

「そうしたくても警察は動いてくれないからな。注意書きとか見張りを自分たちでするしかないんだ」


 警察も頼りにならないなんて……御子神の家が損するばかり。やりきれない怒りに手がわなわな震えると持っていたバケツの水がこぼれる。


「またよその奴が来たのかよ。いいかげんにしてくれ」

「主はいったい何を考えているのだ!」


 ふと、宝物殿の中から不満の声がぽつりぽつりと上がった。声が上がったのと同じ時にガシャン! と宝物殿の奥で何かが倒れる音が聞こえた。


「何の音!?」


 宝物殿上がり、音のしたところに駆けつけると電気スタンドが先週祓い串で降ろしたテレビのそばで倒れていた。電気スタンドの周りに散らばっている木箱からうめき声が上がっている。この木箱がドミノ倒しのように倒れて電気スタンドにまで巻き込んでしまったようだ。


「いたた」

「ちょっと倒れてこないでよ。あたしの体はデリケートな電子機器の塊なんだよ」

「なにさ、自分ばっかり被害者みたいに。電気スタンドのあたしは見た目が大事なのよ! 黒く固い箱のあんたとは違うんだから」

「なんだって!?」


 わわわ、つくも神同士でけんかを始めてしまった。


「こらやめんか」


 柱時計さんが仲裁に入ろうと止めようと割り込むが、すぐに押しのけられてしまった。


「二人じゃなくて、二つともやめなよ」


 僕が代わりに割って入るけど、二つはいがみ合ったまま。こうなったらと、電気スタンドを押してテレビから少しでも離そうと電気スタンドを持ち上げた時、コードに足がからまりつんのめった。

 ドンッと大きな音を立てて電気スタンドと共に床に倒れた。幸い電気スタンドは僕の上に覆いかぶさって倒れたので壊れはしなかった。けど電気スタンドは意外と重くて、一人じゃ起き上がれない。おまけにおでこに傘の部分が当たったのでヒリヒリする。

 突然電気スタンドがゆっくりと持ち上がった。暗い宝物殿の中で誰かが電気スタンドを持ち上げてくれている。ぼそぼそとか細い声で僕を呼んだ人影に目を凝らすと御子神だった。


「深山君、すぐに出すから」


 電気スタンドを下ろし、足に巻きついたコードを巻きとろうとする。慌てているのか取ったひょうしに、自分のうでにあやまって巻いてしまっていた。


「御子神、そんなに慌てなくてもけがとかしていないから」


 僕が御子神の名前を呼んだときだった。つくも神たちの一対の目が一斉に僕に――いや御子神に視線を注いだ。


「御子神?」

「この娘、間違いない主殿だ」

「なんで今になって」


 みんな御子神の話をしているが、歓迎する様子でない。と、もぞもぞと先ほどけんかしていたテレビが御子神の所へと這いよってきた。


「あんたここの主なんだろ。頼むよあたしをここから出しておくれよ。こんな暗くて日に日に物が増えていく蔵の中で余生を終えるのはいやなんだよ」

「黙りなさいよそ者。他の物も正式に預けられたのでないのに、自分たちの空間を占領して」

「あたしらだって好きで来たわけじゃない!」


 再びけんかが起こりそうな予感が。すると柱時計さんがよろよろと戻ってきた。


「主殿。どうかこの物たちをお治めくだされ、我々ではとうに限界でございます」

「わ、私……」


 ガクガクと手が震える御子神。おかしい、いつもならビシッと「やめなさい」と言い切るはずなのに。


「この間の騒動の時に来なかったくせに、何が主だ。女の主たる証をなくしているのに」


 暗闇の中から突然言葉の矢が御子神に飛んでいった。同時に御子神が入り口に向かって逃げていった。逃げていく御子神を入ってくる一本の光の筋をたよりに追いかける。


「御子神待って! 待ってよ!」


 何度も止まるように叫ぶけど御子神は止まらず、外に置いてあったくつもはかず外に飛び出してしまった。後に続いて僕も外に出るが、ちょうど雲に隠れていた太陽が出てきたタイミングに鉢合わせしまい、そのまぶしさに目をくらんでしまった。

 ようやく目が慣れた時には御子神はどこにもいなかった。

 御子神はどこに?


「深谷君、どうしたんだい? 美羽が急に宝物殿に入っていったんだけど」

「お父さん、御子神を探して! 急に飛び出していって」


 消えた御子神をお父さんと一緒に探し回った。手水舎、社務所、宝物殿の裏と探したがいなかった。


「御子神! どこにいるの」


 参道のあたりで呼んでも返事は来ない。もしかしたら本殿の中に隠れているかも。あそこなら大きなものがあるから隠れるのに最適だ。

 ぐるっとさい銭箱を回り込んで本殿に上がろうとした時だった。さい銭箱の裏手で御子神が小さくうずくまっているのを見つけた。


 なんでこんなことになったのか。今までつくも神と会ったときにはなんともなかったのに、宝物殿の中のつくも神と出会ったら急に固まり、突然逃げ出す。いつもの御子神がすることじゃない。

  こわごわとしながら僕は屈んで話しかけようとすると、御子神がビクッと猫が警戒するように少し毛が逆立った。


「御子神どうしたの急に」

「ダメなの。私怖いの」

「おちついて、何がダメなの?」

殿

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る