第11話 持ち主発見!


 放課後、大山を伴って上つなぎ神社に踏み入れる。

 神社に向かう間は異様に静かだった。大山は沈黙していた。友達が持っているものと言うがそれが誰であるか答えてくれない。僕も御子神も言いふらしたりするつもりはないのは大山が一番わかっている。それほどまで教えたくない持ち主って誰なんだろうと、逆に知りたくなってくる。

 御子神の部屋に上がると、真っ先に大山がユサに飛びついた。


「やっぱり、ユサちゃんだ。昔見た時より古ぼけているけど間違いない、このたれ耳私が間違って糸を引き抜いてしまってできたものだ」


 ユサを抱き上げて喜ぶ大山の様子は、昔離れはなれになった友達と出会うそのものだ。


「サチちゃんだ。久しぶりだぁ。私のこと覚えてくれていた」


 ユサも大山のことを覚えていた。本当にユサのことを知っていたようだ。


「幸、そろそろ教えてもらえる。ユサの持ち主が誰なのか」


 御子神が質問するが、大山はいつになく真剣で首を横に振った。


「ごめん。それはみみみでも教えられない」

「それほどその人が嫌がること?」

「うん。そいつ、昔ユサを持っていたことで同い年のクラスメイトにいじめられたことがあるの。それで一度大ごとになったからユサについて敏感になるの。きょうはく状を送ったのもそれが理由だと思う」


 二人の間で重苦しい空気が包み込み始めた。うぅ、なんだか部外者のようで居づらいな。ユサも久しぶりの再会だというのに再会ムードから一気にシリアスな感じなって戸惑っている。

 気分を変えて話しかける芸当なんてできないし、そもそもそれは大山の得意とすることだ。大山以上に空気を変えるなんてできない。

 仕方なく、視線を外して御子神の部屋を見回す。あらためて見ると、お母さんがいないのにもかかわらず家の中はきれいだ。けど所々、本棚の中にほこりが積もっていたり、窓に砂などの汚れがこびりついていると掃除があまい部分が見られた。

 僕が掃除に意識しすぎるだけと思うけど、御子神やお父さんだけでは苦労するんだと感じてしまう。それでも家事の合間にユサの裁縫もするとなんて御子神は立派だ。それを言える雰囲気では今でないのが口惜しいが。


 ん? 窓の外から声が聞こえる。窓を開けてみると、ここのちょうど反対側に宝物殿が見えた。そのちょうど二階にある木枠の窓に柱時計さんが顔を出していた。

 距離が遠く声は小さいが、動揺しているのがわかった。


「泥棒、泥棒が入ってきた! 誰か来ておくれ!」


 泥棒!?

 御子神も柱時計さんの声が聞こえたのか、早々に部屋を飛び出していく。つくも神の声が聞こえない大山は突然出ていき面食らう。


「みみみ!? 急に飛び出してどうしたの」

「宝物殿に泥棒が入ったんだ!」


***


 御子神の後を追いかけて宝物殿へ走っていく僕ら。反対側にある宝物殿に到着すると、先に行っていたはずの御子神が宝物殿へ上がる階段の前で立ち往生している。


「みみみ、泥棒ってどこにいるの? みみみのお父さんが入っているのを見間違いえたんじゃ……」

「今日お父さん近所の寄り合いで留守にしているから違う」

「じゃあどこに入ったんだろう。ドアは閉じているようだけど」


 宝物殿の扉は日曜日の時とは違い、南京錠が掛かっている。けど柱時計は泥棒が入ってきていると叫んでいた。じゃあ、泥棒はどこから……

 と、御子神が手に指を当てながら裏に回って手招きする。ついていくと、宝物殿の脇に脚立が置いてあった。脚立は開けっ放しにしている小さな窓に続いていた。

 あの窓から入ったのか。

 でも入り口が外からしか開けられないなら、泥棒が出てこられるのはここしかない。脚立に足をかけて宝物殿の中に入ろうとする。一番上にまで上がるとおかしいことに気づいた。あれ、この窓僕ぐらいの体しか入れないぐらい小さい。泥棒は子供ということ?

 その違和感を御子神に伝えようと脚立の下に目を落とす。御子神が昇っていない。


「御子神、どうしたの」

「私、ここで泥棒が戻ってくるか見張っておくから」


 変だと思った。入れ違いになったらいけないから誰か見張りをするのはわかる。でも、あの暗い宝物殿の中で、泥棒を探すのは困難だ。だったら御子神が行けばいいはず。

 宝物殿の中からはごとごとと泥棒が中を荒らす音の中に混じりながらつくも神たちの声が聞こえてくる。この声も聞こえているはずの御子神は、もの悲しそうにうつむき目も向けない。


「霊和、私たちだけで行こう」


 一呼吸置いて「うん」と言ったものの、心の中では了承しなかった。とにかく泥棒を捕まえる。それが最優先だ。


***


 窓から侵入した僕ら。中は相変わらず薄暗く、日も落ちていることも相まって視界が悪い。

 突然、足元から強い明かりが出現する。


「これで明るくなったでしょ」

「携帯持っていたんだ」

「塾通いだと親に連絡する必要があるからね。けど、泥棒に近づいたときには消すから」


 携帯の明かりに目を慣れさせながら、慎重に中を歩いていく。中の道具たちは泥棒が荒らしたであろうに、ほこりから守るためのビニール袋から抜き出されていた。うるし塗りが美しいすずり箱は蓋が開けっ放しになっていると悲惨な状態だ。荒らされたつくも神たちがあちこちでうめき声を上げる。


「くそっ、なんだよ」

「あの小僧、寝ていたところを引っ張り出しやがって。せめてきちんと箱に戻しやがれ」

「ごめんね。あとでちゃんと袋に入れてきれいにするから」


 こんなに散らかして許せない。


「霊和、この中なんか出そうだよね。こういう古い蔵の中って道具の中にお化けがつくらしいよ」


 泥棒が近くにいるというのに唐突にお化けの話をしてきた。いつもの明るい調子でない。大山が手にしている携帯の明かりがかすかにふるえている。僕が怖がっていれば大山も安心すると思って話題を出してきたのだろうけど、あいにくもう出会っているんだよね。

 古い木張りの床を鳴らさないようにゆっくりと物音がする方に歩み寄っていく。奥に行くごとに視界が暗くなり今どっちに向いているのか怪しくなってきた。

 つくも神と大山がいるから心細くないけど、帰りの窓がわからなくなったらどうしよう。不安の種が芽を出し始めたとたん、上の方からしわがれたおじいさんの声が聞こえた。


「おお、男の子。来てくれたのか。そっちは御子神の家の娘ではないか……」


 柱時計さんだ。


「きゃあ。急に止まらないでよ霊和」


 柱時計さんの声が聞こえない大山は僕が止まった理由を知らないためむくれた。


「御子神の家の者が来ていないとは少々困ったが、仕方あるまい。男の子よ、泥棒ならそっちの棚の裏におるぞ。早々に捕まえておくれ」


 柱時計さんの長針が九を指す方向にぼんやり人影が見えた。あれが泥棒か。予想した通り犯人は子供で、身長が僕と変わらないからおそらく五年生だろう。

 柱時計さんに小さく指で丸をつくってお礼を伝える。けど御子神がいないのが何で困るのだろう?


「大山、そこの棚の影にいるよ」

「わかった。じゃあ、明かり消すから挟み撃ちしよう」


 聞こえないように小さな声で作戦会議を済ませると同時に、明かりが消灯する。それでも見失わないのは、泥棒が明かりを持っているからだ。

 大山が左側に、僕が右側に回り込んで近づいていく。棚の脇からのぞくと顔までは見えないが、視認できる位置だ。


「くそっ、これじゃない。早くあれを探さないといけないのに、なんでないんだ。ここに保管されているはずじゃないのかよ……」


 泥棒は何かつぶやきながら、手にしていた香炉こうろを床に投げ捨てようとした。

 香炉のつくも神が「やめて」と叫ぶが、泥棒には聞こえない。


「待て!!」


 大山との息を合わせることとか考えず、体が先に動いてしまった。泥棒に乗りかかると、真っ先に手に持っていた香炉をつかみ取る、


「くそ、じゃまだ!」


 ドンッ。うぅ。おなかをけられた。けど、香炉にはヒビ一つ入っていない。よかった。

 泥棒の携帯は床に落とし、画面が下になって明かりが広がらず真っ暗だ。そんな中でも泥棒は反対側に向かって逃走を図ろうとする。


「逃がさない。霊和一瞬目を閉じて!」


 目を閉じる寸前大山が棚から飛び出すと同時に携帯を泥棒に向ける。まぶたの裏から光が差し込んだ。目を開けると、泥棒は顔を覆ってうずくまっている。

 そうか、目くらましか。大山さえてる!

 ひるんでいるすきに、そのまま後ろから飛び乗り泥棒を取り押さえた。


「よし捕まえたぞ……って、花房!?」

「……っ! 大山に深山」


 花房が自由に動ける首を僕に向ける。目からこぼれる涙は目くらましで出た涙のはずなのに、苦痛の表情も相まって本当に泣いているように見える。


「実友。あんたやっぱりユサを取り返そうと忍び込んだのね」


 え? ええええっ!! 花房がユサの持ち主!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る