第3話


 中に入るや否や、祭司は俺にシャワーを浴びて着替えるように言い、真新しい黒スーツを手渡してきた。それが神事服らしかった。俺はできる限り思考停止を行い、風呂場で黙々と身を清め、渡された黒スーツに着替えた。

 身支度を済ませて祭司のところに戻ると、彼はどこからかタブレットを取り出してこちらに見せた。電源は入っていない。

「これがやしろだ」

「社?」

「そう、これが神の御座します場所」

 彼はそう言って、タブレットの電源を入れた。画面には、確かに小さな祠のようなものが映った。しかし、その祠がある場所は、何やら四方が眩い光に包まれていて判然としない。加工した動画に見えなくもない。

 俺は意を決して、祭司に尋ねた。

「えっとその……ここにいらっしゃるのは、どんな神様なんです?」

「この社に御座しますは、我々の強大な呪いの力によって新たにお生まれになった、輪廻転生を司る神。今回の祭典は、その転生の神の誕生を祝うためのもの」

 祭司は両手を広げた。

「この神は、祭りを大変好まれる。かつての神々の比ではないほど、それはそれは派手な祭典を所望されている。そのために我々が選ばれた。祭司、祭司補佐官、巫女、稚児の行列に、無数の神輿……ああ、補佐官殿。時に貴殿は、『拡散』とは何か、一度でも熟考されたことはあるか?」

 俺は首を横に振った。ただいつも、何も考えず、回る矢印マークの拡散ボタンをタップしていただけだ。祭司は言う。

「『拡散』とは即ち、『廻される』こと。我々が日々情報を廻すように、神はこの世に生きるすべての人間の魂を廻すことを望まれている。それが我々に残された、唯一の救いであるが故に」

「救い、って、どういう……?」

「それはじきにわかること。さあ補佐官殿、貴殿のスマートフォンを」

「あっ、はい」

 言われるがまま、スマホを出した。アプリ更新の通知が一件入っている。それはまさに今、「絶対呪殺。完全版」がリリースされた知らせだった。

「その完全版は、貴殿しか使えない仕様になっている。ダウンロードすると、ある場所の位置情報が現れる。貴殿には私に代わって、その場所に向かってもらいたい」

「えっ、俺が?」

「私は祭典が終わるまで、社の前で祈祷をし続けなくてはならない。示された場所には『不朽体』……つまり、神が生前使っておられた肉体がある。我々はこの不朽体を社に納めることで、祭典を締めくくる。この仕事ができるのは、貴殿しかいない。頼まれてくれるか?」

 聞きたいことは山とあったが、祭司が最後に言った「この仕事ができるのは貴殿だけだ」という甘い言葉に、承認欲求に飢えきっていた社畜の俺は、考えるよりも先に、目の前に餌をちらつかせられた犬よろしくブンブンと首を縦に振っていた。「任せられるのはお前だけだ」なんてそんな言葉、人生で一度も言われたことがない。頭ではよくないとわかっていても、どうしても抗えない、そんな言葉の魔力であった。

 祭司は軽く頷いただけだった。

「それは心強い」

 早速アプリを更新しようとした俺は、ふと指を止め、祭司に尋ねてみた。

「あ、最後に一つだけ聞いていいですか?」

「何か?」

「確か貴方も、俺と同じように最近選ばれた一般人、なんですよね? なのにどうして……そんなにも色々知ってるんです?」

 祭司はからからと笑った。

「私は、貴殿の前に啓示を受けた。そして祭司としての職務を全うできるよう、神は、私に特別な力を分け与えなさったのだ」

 祭司は懐からスマートフォンを出した。

「インターネット上のソーシャルネットワークと繋がることで、私の脳は事実上、常人の1億倍以上もの演算能力を得た。これによって私は、普通の人間では知り得ないことや、予測し得ないことも、一瞬の思索のうちに悟れるようになった。さながら未来予知のように」

 祭司の言ったことと全く同じ文言が、はんなり明朝体でスマートフォンの画面いっぱいに映し出される。そして言葉が終わったそのあと、動画の再生が始まった。暗い画面に、チカチカと時折、星のように瞬く筋状の光が見える。どうやらライブ映像らしく、ぐちゃ……ぐちゃ……ねちゃ……ぐじゅう……ぬちゃ、と何かが動くような音の合間に、ピロン! ピロン! と他のスマホの通知音が聞こえてくる。

「あっ……」

 数秒まじまじと動画を眺めた後。

 、と気づいてしまったその瞬間、俺は急に堪えがたい吐き気と疲労感に襲われ、ふっと意識を失った。


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