第11話 学校に向かう跳姫さんの姿を目撃した俺は……

 学校の方に向かう跳姫ちょうひめさんの姿を目撃した俺は、気になって後をつけた。


「どうして姫川さんまでついてきたんですか。

 夜の学校に忍び込むとか。

 見つかったら、確実にお仕置きコースですよ」


「だって、露璃村ろりむらくん独りに任せるの、心配なんだもん」


「姫川さんは一度こうだと決めたら、絶対に自分の意見を変えませんもんね。

 わかりました。

 でも身の危険を感じたら、すぐに逃げてくださいね。

 なんだか、嫌な予感がするんです」


「ええ。わかったわ。

 露璃村ろりむらくんの勘って、昔から良く当たるから、気を引き締めて美術室に向かうことにするわ」


++++++++++++++++++++++


 美術室。


「ろ、露璃村ろりむらくん、ダメっ!?

 暴力は……」


 跳姫 愛理沙ありさが鎖でつながれて、まるでイヌのように四つん這いになって歩いている姿を目にした瞬間。


 姫川さんが止めるのも聞かず、俺は中田のことを殴りつけていた。


「い、いま……外してやるか……」


 俺は美術室の床に膝をつき、彼女たちの首に巻き付けられた奴隷具を外そうとしたら


「余計なことをしないで!?

 妾のことは放っておいてください」


 手を払われてしまう。


「イテぇえなぁ~~~。

 俺の顔に傷がついたらどう責任を取るつもりなんだよ。

 このクズがっ!?」

 

 中田が俺の頭を思いっきり踏みつけてきた。


「ちょっと姫川姉妹に気に入られているからって調子に乗ってるんじゃねえよぉ」


 さらに体重をかけ、靴裏を強く押し付けてくる。


「やめて、中田君。

 どうしてこんな酷いことをするの」


「うっせえな。部外者は黙っている」


「きゃあっ!?」


 中田は姫川さんのことを突き飛ばす。


「姫川さん」


「わ、私は大丈夫だから」


 優しく微笑んだ後。


 再び視線を中田の方に向けると


「お願いします 彼女たちを解放してあげてください。

 私のことは煮るなり、焼くなり好きにしてくれていいですから」


「俺の命令ならなんでも従う従順な彼女になるって言うなら、解放してやってもいいぜ。

 この女にも、そろそろ飽きてきたしな」


「ご、ご主人様、妾のことを見捨てないでください。

 お願いします、考え直してください」


 俺の頭を踏みつけていた方とは逆の足にすがりつく、彼女たちの姿を見て。


 俺は底知れない怒りを覚えた。


 腸が煮えくり返るとは、まさにこのことだな。


「そんなクソみたいな男にすがりつくな。

 自分の足でしっかりと立て」


「何も知らないクセに偉そうなことを言わないで!?

 妾がどんなキモチで生きてきたかも知りもしないくせに」


「独りで立ち上がることができないなら……」


「ムダムダムダムダムダムダなんだよ。

 何を叫んでもコイツの心には響きはしないぜ」


「それは、どういうことだよ」


「コイツの父親である跳姫ちょうひめ多朗たろうは、ギャンブル好きの  ロクでもない人間だと言えば、おおよその見当はつくだろう」


「まさか? 妹さんを人質に取られているの」


「さすがは姫川さん、察しがいいね。

 そう、コイツの双子の妹で、魅血虜みちるっていうんだけどな。

 似ているのは外見だけで、何の才能もないバカな女なんだよ。

 いつもお姉ちゃん、お姉ちゃんって泣いて叫ぶだけの何の価値もない女のために、頑張ってるってわけだよ。

 本当に姉妹そろってバカだよな。

 キャハハハハハハッ」


「自分の借金を娘にまで背負わせるなんて、キサマ以上のクソ野郎だな」


「捨てられたくなければ、その男を始末しろ。

 俺のことを振った、このクソ生意気な女の泣け叫ぶ顔を俺に見せてくれよ」


「ごめんね」


「ごめんなさい」


 謝罪の口にした後。


 跳姫ちょうひめ姉妹は無数の彫刻刀を、俺めがけて投げてきた。


 だが……俺は……避けることはせず、それを受け止める。


「どうして、よけないのよ。

 バカなの、死にたいの」


「これくらいで死ぬような、やわな鍛え方はしてないよ」


「でも、いくらなんでも……そんなに血を流したら……死んじゃうよ……」


「大丈夫だから。

 俺はこれくらいの傷で……」


「なに、ちんたら、やってんだよ。

 まったく、つかえねえおん……ぐはぁっ……」


 姫川さんの渾身の左ストレートが中田の顔面に炸裂した。


「……い、いちど、ならず……にどもなぐったな!?」


 鼻から血を垂らしながら


「俺のバックには『銀竜院組』がついてるんだぞ。

 妹がどうなってもいいのか……」


「その話なら、とっくに方が付いているわよ。

 姫神グループの財力をなめるんじゃないわよ。

 銀竜院組なんて、目じゃないわよ。

 この腐れ外道野郎っ!?」


「ひっ!? ヒィイイ――――――」


 姫川さんに恫喝どうかつされて、中田は泡を吹いて倒れました。


「ということだから、跳姫さん。

 アナタたちはもう自由よ。

 妹さんの元へ行ってあげなさい。

 家で待っているわよ」


「ありがとうございます」


 跳姫さんは、姫川さんにお礼を言うと、美術室を飛び出していてしまう。


「私たちもそろそろ、帰りましょうか」


「ああ、そうだな」




++++++++++++++++++++++


 翌日。


「おはようございます、ルリエール先生。

 今日もお綺麗ですね」


 学園の玄関口でルリちゃんに向かって、姫川さんは元気よく挨拶をする。


「おはよう、姫川さん。

 今日も仲良く一緒に登校なんて、本当に仲が良いわね。

 恋愛もいいけど、学生の本分は勉強よ」


「はい。

 ラブラブです」


「嘘をつくな」


 俺は姫川さんにツッコミを入れた後。


「おはようございます、ルリちゃん。

 寝ぼけて寝間着姿まま学校に来たんじゃないですよね」


 ルリちゃんに挨拶をする。


「もう、学校ではビクトエール先生、でしょ。

 アイオーンたら。

 それにルリたんは、そんなにそそかしくないよ。

 ちゃんとスーツに着替えてきたもん」


 ルリちゃんは、なぜか!? 俺のことを『アイオーン』と呼ぶ。


「じゃあ、その格好はなんだ。

 あと、無理してお姉さんぶらなくてもいいぞ」


 彼女の名は『ルリエール・ド・ビクトエール』。


 小林先生が育休に入ってしまい。


 その代わりに新しく赴任した新米教師だ。


 だが、まったく教師らしくない教師で、担当は『英語』だ。


 眠たげな眼差しに小学生としか思えないほどの低身長。


 そこまでまだいい……問題はその格好だ!?


 ナイトキャップを被り寝間着姿で、しまいには『枕』まで抱えている。


 まったく教師っぽくない服装だ。


「アイオーンの目は節穴なの!?

 これは寝間着じゃなくて、スーツなの。

 どんな場所でも快眠できるようにと研究・開発された世界に1着しかないオーダーメイドのスーツなんだよ」


「その説明は前にも聞きましたけど。

 つまり寝るための服ってことですよね」


「ええ、そうよ」


「学校に何しに来てるんだ」


「もちろん寝るためよ。

 睡眠不足は、美容の大敵ですもの。

 だって、ほら、屋敷だとねぇ。

 使用人がこうるさくて、おちおち寝ていられないもの。

 机に向かって書類仕事をしていると、眠たくなるのよね。

 どうしてかしら」


「当主の言葉とは思えないほど、無責任な言葉だ。

 よくそれで当主が務まるな」


「……どうせ、ルリは……扱いやすい……『操り人形』みたいなものだから……いても、いなくても……いいの……」


「こんなところで長話してたら、遅刻しちゃうわよ、龍一。

 そろそろ教室に行きましょう」

 

「それもそうだな」


 俺たちは早足でその場を後にする。


 あのまま……あそこに居たら、底なし沼に引き込まれるところだった。


 永遠と『愚痴』を聞かされるという地獄の沼にーーーーーー。




++++++++++++++++++++++



 朝のホームルーム。


「もう知っている方もいると思いますが? 転入生を紹介しますね。

 跳姫ちょうひめ魅血虜みちるさん。

 入って来てください」


 ルリちゃんが転校生を紹介すると、教室が静かになり、白銀髪を揺らした少女が、室内に入ってきた直後。

 

 空気が大きくどよめいた。


 異性からは賞賛。


 同性からは羨望せんぼうの眼差しを一身に浴びながら


 「跳姫ちょうひめ魅血虜みちるですぅ。どうぞよろしくお願いしますぅ」


 教室前方の一段高い場所に立ち、威風堂々と自分の名前を言い放つ。


 その声は凄い迫力と人を引き付ける魅力があった。


 日焼けすらも許さない柔肌は爪を立てれば簡単に傷ついてしまいそうな桃のようで、軽いすぎる美貌は、えてして冷たい人形みたいな印象を他人に与えるが、彼女の場合は皆無である。


 生気溢れるマリンブルーの瞳が、人々の目を惹きつけて離さない。


 だが彼女が心から笑っているところは、一度も見たことがない。


 彼女は自分の居場所を求めて、この学校にやってきたのだろう。


 きっと心から安らげる場所を、安心して帰る場所を……彼女は捜しているのだろう。


 俺が彼女の帰る場所になれたらいいのに。


 俺は彼女のことを決して裏切らない。


 歓声をあげるゲスなやからもいたが、俺はあえて無関心を装い! 


 窓の外に視線を向けた。


 だがそれが最悪の事態を招くことになる。


「露璃村の後ろの席が空いていますね。

 みちるさんの席は、そこで決まりですね」


「ちょっと、待ってください。

 ビクトエール先生」


「反論は認めません」


「そんな……」


「跳姫さんもそれでいいですね」


「はい」


 自己紹介していた時よりも幾分か、肩の力が抜けていたが、育ちの良さを感じさせる、ゆったりとした動作で教壇から降り、俺の前まで足を止め。


「お姉ちゃんを助けていただいて、ありがとうございます」


 他の人には聞こえないくらい小さな声で、彼女は囁いてきたので


「俺は自分の正義に従っただけですよ。

 だから感謝の言葉はいりません」


 俺もニッコリと笑い、小さく呟いた後。


 深くお時儀をし、彼女に対して最大の敬意を払う。


 彼女のために、椅子を引いてあげる。


 これも紳士の嗜みである。


 女性には常に気を配り、優しくすること、これ常識。


 彼女は制服のスカートを軽く指でつまみ、わずかに身体を屈めて、感謝の意を表すと、そのまま優雅に腰を掛けた。


 さりげない仕草の一つ一つが、絵画の中の貴婦人のようで、品の良さが滲み出ている。


 ただそれ以上、教室でゆっくりと言葉を交わす時間はなかった。

 

 跳姫さん(妹)の紹介を済ませたルリちゃんは、逃げるように退室してしまい、その直後から、男子生徒が一斉に押し寄せてきた。

 

 失礼極まり男子どもに締め出され、仕方なく俺は、自分の席に戻った。

 

 彼女を中心にして制服の壁が出来上がり、華やかな転校の一挙一動に、騒がしい歓声がけたたましく上がっていた。

 

 彼女は根が真面目なのか、その問いかけに対して、律儀に全て答えている。

 

 周囲の女性徒たちの軽蔑な『眼差し』、バカな男子生徒どもは、まるで気付くこともなく。

 

 一方的な親近感を無理やり押し付け、身勝手な友好関係の成立を目論んで、バカ騒ぎを繰り広げていた。


 また休憩に入り、アッという間に取り囲まれてしまう。


 そしてまた一度も席を立てないまま授業が再開される。


 さすがに可哀想になったので、講義中に、彼女を教室から出す方法を考えることにした。


 講義も終わり。


 昼休みになると、バカな男どもが波になって……また押し寄せてきた。


 俺は姫川さんの肩を叩き、振り向かせて『ある』ことを耳打ちすると。


 俺は手頃な男子生徒の上着を掴み、遠慮なく後ろえと引っ張ってやった。


「わっ」


 情けない叫び声をあげながら、無様に尻もちをつきやがった。


「いきなり何するんだよ」


 その情けない男は声を張り上げて、俺のことを睨んできたので


「それこっちのセリフだ。

 たまたま同じ教室で、偶然が重なって、一緒に学ぶきかい得ただけのことだ。

 だからこそ、貴様等みたいなクズ共と、親しくする義理など、彼女には……最初からない。これ以上彼女に迷惑をかえるな。

 おまえらみたいなのを見てると、虫唾が走るんだよ。

 今すぐここから、消えろっ!」


 俺は威風堂々と言い放ってやった。


 それを聞いた、情男が、怒鳴り声を上げ、殴り掛かってくる。


「なんだと、ふざけやがって!」


 その腰の入ってない、『へなちょこ』パンチを受け止めると、さらに腕を捻り、背中を蹴り飛ばし


「口説きたいなら『一対一』でやれ。

 それが紳士の嗜みだ。

 大勢で囲んでは、脅しているようにしか見えない」


 もちろんそんなことは叫べば、俺に注目があるまるのは、わかっていた。


 だが、今回は仕方がない。


 これも彼女を教室から出すための作戦だ。

 

 注目が集まった隙に、姫川さんが跳姫さん(妹)の手を取って、人混みのなかから、教室の外へと走り出して行くのが見えたので、まずは一安心だな。


 朝の自己紹介の後、彼女が席を離れたのは、たぶんこれが初めてだろう。


「あっ! 待ってください」


 情けない声を上げながら、彼女のことを、追い掛けようとする。バカな男子生徒を遮るように、立ちはだかる。


「邪魔だ、どけ」


「めざわりなんだよ」


「そうだ! そうだ! いいからそこをどけ」


 男子生徒全員のヤジが飛んでくる。


 しかしこの程度の小物相手に臆する俺ではない。


 深淵の暗き闇から生まれたボク、もっと凄まじい『殺気』を感じたことがあるからだ。


 それに、だてや酔狂でいくつもの修羅場を潜り抜けてきたわけじゃない。


 威風堂々とした態度で、胸の前に腕を組み、いくらか殺気を込めた眼差しで、辺りを睥睨へいげいする。

 教室中が唖然となり……口を『酸欠の金魚』みたいに、パクパクと開閉させいる。


 俺の放つ冷たい眼光に、誰一人として反論できず凍りつく。


 そもそもコイツらは心底バカだな。


 チヤホヤされて、喜ぶタイプか? どうか? 会話していればわかるというものだ。


 迷惑に思われているなら、潔く身を引く。それが紳士の嗜みだ。


「礼を学んで、出直してこい。

 貴様らに彼女を『口説く』資格はない」 


 もっとも礼をつくして女性を口説いたという記憶がない俺が言ったところで、説得力は皆無。


 だがこちらの事情を、説明してやる、必要は――それこそない。

 

 俺の台詞にかぶさるようにして、教室に残っていた『女子から男子へと』、揶揄やゆの声が投げかけられている。

 

 あちゃ~~~。


 完全に目立ってるよ。

 

 今すぐ大きな穴を掘ってそこに、隠れたい気分だよ。


 恥ずかしい、恥ずかし過ぎるよ。

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