第7話 売り言葉に買い言葉で、姫川さんと口論になり、ケンカ別れみたいな感じになってしまった。

 結論から先に言えば、二人の関係が進展するような出来事はまるでなかった。


「朝から様子がおかしいと思っていたけど」


 俺のすぐ横の席に姫川さんが座り、足元に荷物が置いてある。


 お互いの肩が触れ合うほどの距離で、姫川さんが俺に話しかけてきた。


 つい彼女の大きく開いた胸元に目が行ってしまう。


 制服の生地を大きく押し上げる豊満なバスト。


 わざと小さいスクールウェア風のブラウスを選んでいるのかと疑ってしまうほど今日も『パツパツ』だった。


 何かのはずみでボタンが一つでも外れたら、全部見えてしまいそうだな。


「これは……どういうことなの。

 悩みがあるならひとりで抱え込まないで、ちゃんと話してほしいな」


 それはフルートのように透き通ったとても綺麗な声で、憂いを帯びた彼女の横顔も同じぐらい綺麗だ。

 

 俺は両手を膝の上に置き、視線を胸から逸らし、真面目な表情を浮かべ。


「それはこっちのセリフだよ。

 姫川さんこそ俺に隠していることがあるだろう。

 俺がそのことで、どれだけ胸を痛めたと思ってるんだよ」

 

「どうして、どうして……そういう言い方しかできないのよ、バカっ。

 私が悪いって言いたいわけ、この鈍感オトコ!?」


 姫川さんは悲壮感漂う表情でうつむいたまま答える。


「ああ、そうだよ。

 勉強中に何回ペンを落としたと思ってるんだよ。

 あと教科書を忘れちゃったってなんだよ、ベタ過ぎるだろう。

 殺妹ちゃんが怒って帰っちゃうのも分かる気がするな。

 仕方ないから俺が『殺妹ちゃんと仲良くなる』方法を教えてやるよ」


「余計なお世話よ」


 姫川さんは机を両手で叩き。


「家族の問題に口を挟まないでちょうだい。

 これは、とてもデリケートな問題なんだから」


「ただ、俺は……姫川さんの力になりたいと思っただけなのに……」


「それが余計なお世話だって言ってるのよ。

 ばかっ、鈍感オトコ、もっと乙女心を学びなさいよ」


 売り言葉に買い言葉で、姫川さんと口論になり、ケンカ別れみたいな感じになってしまった。




++++++++++++++++++++++




『理沙視点』


「ずっと前から姫川さんのことが好きでした。

 僕と付き合ってくれませんか?」


 翌日。


 学校に登校してすぐ、今、売れに売れている大人気声優の『中田なかた』くんに呼び出され、体育館倉庫裏で私は告白されました。


 彼はなかなかのイケメンで、大層モテるみたいです。


 引き締まった胸板は厚すぎず薄すぎない男らしい身体で、メッシュの髪も耳のピアスもすごくしゃれていて、女子に『人気』があるのも分かる気がします。


 代表作は『戦国イケメン♥パラダイス♪』の伊達政宗役です。


 クラスメイトの女子と恋バナをしていると、よく彼の名前が出てきますから。


 まあ私のタイプではありませんけどね。


「ごめんなさい。

 それは無理です。

 アナタとはお付き合いすることはできません」


 鋭く冷たい言葉を相手にぶつけると、彼は凄く驚いたような顔をして聞き返してきました。


「どうしてですか?」


「アナタの気持ちは嬉しいわ。

 でも私には……好きな人が……いますから」


 彼のことを考えるだけで、胸の中にあったかい気持ちが膨らみ『ときめき』が生じます。

 

 はやく彼の顔がみたい。


 そう思えば思うほど落ち着かなくなり、頭の中には彼のことで一杯になる。 


「それは露璃村ろりむら 大助だいけすですか?」


「えっ!?」


 突然、彼の名前を言われて、私は驚きの声を上げてしまいます。


 胸がドキドキしてきて、体温があがる。


「ひょっとして隠し通せていると思っていたんですか。

 もう学園中、その噂で持ちきりですよ

 姫川姉妹がひとりの男子生徒を巡って、血で血を洗う骨肉の争いをしているって」


 やっぱり噂になっていたのね。


 なら、もう隠す必要はないわよね。


「ええ、そうよ。

 アナタの言う通り、私は彼のことが好きよぉ。

 好き、好きで、仕方がないのよぉ。

 宇宙一彼のことを愛しているわぁ♥

 だからアナタと付き合うことはできません」


 い、言っちゃったぁああ。


 きゃあっ!? 恥ずかしい♥


 カーッと頬が熱を持ち、ひんやりとした指が気持ち良いくらい火照っているわ。


「でも彼が好きなのは『妹』さんの方なんですよ。

 いつも一緒にいるところを見ますから。

 残念ながら、アナタに勝ち目があるとは思えません」


 わかっていたことだけど、そう思えば思うほど落ち着かなくなる。


 もどかしくて、胸がざわついて、チクッと痛みが走った。


 やっぱり彼は私のことなんて、なんとも想っていないのかもしれません。


 もしかしたら、めんどくさい女だと……後ろ向きに考えるのはよくないわ。


「たとえ相手が妹だとしても、私は負けるつもりはありません」


 強がりというよりは、自分に言い聞かせるようにつぶやいた後。


 大きく深呼吸をしてから。

 

「周りからなんと言われようと、思われようと、私は決してまけるつもりはありません」


 それは偽りのない本当の気持ちでした。


 姉としては失格なのかもしれません。


 でも、姉だからと言って、なんでもかんでも我慢しなければいけないとは思っていませんから。

 

 恋とは、自分のわがままを押し通すものですから、私は決して引くつもりはありません。


 欲しいものは、いかなる手段を用いてでも、手に入れてみせますわぁ。


「そんなにも深く『その人』のことを愛しているんですね。

 わかりました」


 彼はすっきりとした細面ほそおもてに、涼しげな目元に笑みを浮かべて


「潔く身を引くことにします。

 僕が入り込める隙間は、どこにもないみたいですからね」


「ほんとうに……ごめんなさいねぇ」


 そう言い残して私は、教室へと向かった。





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