第3話 見捨てられた少女
足跡を辿ると、ゴブリンが潜んでいそうな洞窟までわりとあっさりたどり着けた。
ただ、念の為ヒットは暫く洞窟を観察する。すると思ってもいない事態に遭遇する。
「畜生! 思ったより数が多かっただろが!」
「そうだな!」
「ね、ねぇどうするのよ? あの子、置いてきちゃったわよ?」
「仕方ないだろが。誰か一人置き去りにしないと逃げらんなかったんだし。それにゴブリンは人間の女が好きだしな。あいつは戦闘じゃ使えないし仕方ないだろが」
「そうだな」
「でも……」
「そんなに気になるならお前が代わりに行けばいいだろが! 別に俺はかまわねぇぞ?」
「じょ、冗談じゃないわ! ゴブリンの苗床なんてごめんだよ!」
「そうだな!」
そんなことを口にしながら、男女3人が走り去っていった。ヒットからすればこの世界に来て初めてみた人間だった。
やはり異世界だなと感じさせる出で立ちをした3人だった。髪の色も茶色だったり銀だったり赤かったりと随分とカラフルでやはり日本とは違うんだなと実感させられる。
折角見つけた人間だったがヒットは彼らの前に姿を見せることも追いかけることもなかった。なぜ慌てているのかを知る必要があったし、意外と慎重だったのもある。
その上で、3人の会話を反芻する。会話の内容を察するにやはりこの洞窟にゴブリンが潜んでいるのは間違いなさそうだ。
しかし、会話からその数が多いことが窺える。ただ、彼らは相手がゴブリンだからと舐めて掛かっていた可能性も彼らの話から考えられる。
そこでヒットはどうするか……どうしても気になることがあった。それは3人が言っていた置き去りにしたというワード。
ゴブリンから逃げるために、一緒に来ていたパーティーメンバーの1人を囮にしたということなのだろう。しかもどうやらそれは女なようだ。
ゲームでは当然ゴブリンの性癖まではわからない。しかしリアルになったことでそれが明らかになった。どうやらゴブリンは人間の女を利用して子どもを成すようだ。
中々にゾッとしない話だ。そして置いていかれた女に酷く同情した。そのうえで、どうするか?
ヒットからしてみればたまたま話を聞いただけの相手だ。素性も知らない赤の他人だ。別にここで見捨てたからと言って誰も文句は言わないだろう。
でも――
「聞いてしまった以上、仕方ないよな……」
髪の毛を掻きむしるようにしながら、ヒットは洞窟へと足を進めた。知らなければそれで済んだ話だが、聞いてしまって無視しては寝覚めが悪い。
ただ、どう考えても無理そうならば、可愛そうだが諦める他ないとも思っている。出来ることなら助けたいが、こればかりはどうしようもない。
ヒットとてやはり自分の命は惜しい。洞窟の奥へ向かっていく。ゴブリンの姿はなかったが。
「い、いやぁ~やめて! 放して!」
「グギギ!」
「ギャギャッ!」
女性の悲鳴が聞こえてきた。そういえばさっきの3人もそうだけど、ちゃんと言語が理解できるな、などととりとめのないことを思いつつ、足を速める。
先へ進むと先が広がり始め、それなりに広めの空洞に出た。斜め右奥の壁際にゴブリンが群がっている。少し離れた場所に羽飾りのようなものをした杖持ちのゴブリンがいて邪悪な笑みを浮かべている。
「ヒッ! やめ……」
群がるゴブリンの隙間から白い足が見えている。泣きそうな声であった。きっとこの状況に絶望しかないのだろう。
ゴブリンは杖持ち以外の群がっているのが5体はいる。数的には圧倒的に不利だ。しかし今ゴブリンの意識は女に向いている。
ヒットには気がついていない。ダッシュで近づきキャンセルを絡めれば先ず2体はやれるだろう。 残り4体は、あとで考えるしかない。見てしまった以上やはり黙って見過ごすわけにはいかない。
「ギッ?」
「ギギッ!?」
いろいろ考えながら既にヒットはゴブリンの背後を取っていて、剣で心の臓を貫いていた。1体はこれで死んだ。キャンセルで瞬時に構えの状態に戻し、今度は水平に振りもう1体の首を抉った。
首から血が吹き出し、その時点でようやく他のゴブリンもヒットの襲撃に気がついたようだ。構えを戻すと、目端に青髪の少女が映った。パッチリとした目のかなりの美少女だ。
呆然とヒットを見ている。思考が追いついてないのかも知れない。
それにしても、こんな時でもそういうところは見てしまうもんだと思いつつ、衣服の乱れはあるが、そこまで酷いことにはなっていなかったことに安堵する。
仲間がやられ、残ったゴブリンが警戒を示すがすぐに1体がヒットの排除に動いた。錆びた短めな剣での突き。
それをヒットは木の盾で防いだ。ゴブリンから調達しておいて良かったと思いつつ受け流し、潜り込むようにしながら剣を振り上げた。
刃はゴブリンの脇下に命中。だが、途中まで食い込むに留まった。やはりヒットの攻撃力では腕を一撃で跳ね飛ばすまでにいかない。ここでまごまごしていられないのでキャンセルで体勢を戻す。
何かが空気を切り裂いて近づいてきた。思わず盾で防ぐが、途端に盾が火に包まれる。
「魔法か!」
もう使いものにならないと判断し、ヒットは盾を放り投げた。しかし、ただでは転ばない。燃えた盾は残ったゴブリンに向けて投げつけた。
ギョッとなったゴブリンが横に避けたが、その隙を狙って魔法の袋から取り出した手斧を投げつける。
見事に顔面に刺さりゴブリンは地面を滑るように倒れた。
残りは2体。どちらを先にやるべきか――そう思っていたらゴブリンの1体が背中を向けて逃げ出した。
ならばこっちを急いで狙う必要はない。杖持ちのゴブリンに体を向けると、杖を向け魔法が発動されるところであり。
「キャンセル」
「!?」
熟練度が上がり相手の行動もキャンセル出来るようになっている。当然魔法も発動される前ならキャンセル可能だ。
尤も杖持ちのゴブリンは何故魔法が不発に終わったのか理解できていない。その隙があれば十分だ。魔法の袋から取り出した短剣を投擲。
杖持ちの肩に命中し、うめき声をあげて怯んだ。地面を蹴り距離を詰め剣を振り下ろした。悲鳴を上げ杖持ちゴブリンは仰向けに倒れ死んだ。
「はぁ、なんとか片付いたか……」
顎を拭いながらヒットがこぼす。ステータスを確認したが体力は15%、精神力は50%ほど減っていた。キャンセルを絡めた戦闘はやはり精神的な負担が大きい。
「あ、あの……」
女の声がしてヒットが目を向けると、ゴブリンに襲われていた青髪の娘が立っていた。どうやら多少は落ち着いたようである。
「怪我はない?」
「は、はい大丈夫です! ピンチを助けて頂きありがとうございました!」
腰が折れんばかりに前に倒し、お礼を言ってきた。その反動で胸が大きく揺れた。大きいな、などと思ってしまう。
「気にしなくていい。でも災難だったな。仲間に見捨てられたんだろ?」
「え? どうしてそれを?」
ヒットが問うように言うと、彼女の頭に疑問符が浮かんだ。そんな顔だった。
「外で3人組がそんなことを言いながら走り去っていったんだ。それを見て様子を見に来たら君がゴブリンに襲われていた」
「そうだったのですか……つまりわざわざ助けに?」
「まぁそんなところだ。どちらにせよゴブリン退治は考えていたし」
「そうだったのですか。ということは貴方も冒険者ですか?」
「いや、興味はあるが、まだ登録はしていない」
ゲームの記憶通りならば冒険者は登録することでなる事ができる。そしてゲームでほとんどのプレイヤーが最初にやることは冒険者登録だった。尤も中には登録せずひたすら生産していたりするのもいたが。
「そうなのですね。ですが凄いです。冒険者でもないのにこれだけのゴブリンを退治してしまうなんて」
「これはそんなに驚くことなのか?」
「はい。1体2体なら戦闘なれした冒険者なら単独でも倒したりしますが、数がいる場合は普通パーティーで挑みますから。ただゴブリンシャーマンがいたのは想定外で……」
それで最初はパーティーで来ていたのか、と納得する。ついでにあの杖持ちがゴブリンシャーマンだったことを知った。ヒットの記憶通りだが、どうやらあれが混じっているだけでゴブリン退治の難易度が変わってくるらしい。
「ところで、え~と」
「あ、申し遅れましたが私の名前はメリッサです」
「そうか、俺はヒットだ」
名前を確認しヒットも名乗る。こっちの世界ではヒットで通すつもりだ。
「それでメリッサ様、殿」
「ふふ、私のことは呼び捨ててで構いませんよ」
「そうか、なら俺もそれでいい。で、メリッサはアーチャーなのかな?」
そう思ったのは立ち上がった彼女の肩に矢筒が掛かっていて、弓も入っていたからだ。
「いえ、それであったらもう少し戦闘で役立てたかもしれないのですが、私はアナライザーで……」
アナライザーというジョブはようは鑑定師だ。鑑定のスキル持ちで見たものを鑑定することで情報を得る。
ただ、これもゲーム中ではあまり扱いが良くなかった。理由は明白で、ゲームの情報は時間がある程度経てばすぐにネット上にあげられてまとめられてしまう。
そうなれば当然鑑定というスキルの有用性は失われる。鑑定をするよりネットでチェックしておいた方が早いからだ。
アナライザーは支援系ジョブなので、戦闘面でもそこまで活躍できないのも大きかったか。一応弓を多少使えたり初級程度の攻撃魔法は扱えるが決め手にかける。
ただ、探索に役立つスキルや魔法は一通り覚えるし、未鑑定のアイテムもアナライザーなら魔法やアイテムの使用なしでも確認できたりするのと、一部の弱点属性が変化するボス戦では役立つということもあり、役立つ場面が全くなかったというわけではないが。
「……やっぱりアナライザーって微妙ですよね? 私も判っていたんです。冒険者には向いてないかもって」
「いや、そんなことはないんじゃないか? どんなジョブでも本人の考え方次第だと思うぞ。それにそれを行ってしまうと俺のキャンセラーだって不遇扱いだしな」
「……え? キャンセラー? え~と、それは一体?」
ヒットは肩を落とすメリッサを慰めようと敢えて自虐的に自分のジョブを教えたが、メリッサの反応は思いがけないものだった。
どうも彼女はキャンセラーを知らないようなのである。
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