第28話自分から望んで巻き込まれに行く

 二人で熟睡していたのに、リンは子供の頃に叩き込まれた感覚が作動して意識を浮上させる。

 ルーク様以外の人の気配を感じた為だ。

 だが、そこで新たな戸惑いに襲われた。

 ……ルーク様のリンを上から抱き締めている手が、リンの服のボタンをいつの間にか外していて、余り大きくない胸をガッチリとホールドしていたのだ。

『えっと……待って何事だ!?…何故にこうなった?寝相?寝相が悪いとこうなるの!?』

 今まで誰にも異性には触らせた事がない場所を鷲掴みされて流石のリンも少々パニックに陥りかけてしまった。

 呼吸を整え落ち着かせると回りの状況が解ってくる。

 寝息や心臓の音から寝ている事は確かな様で揉まれている訳では無いけれど、外そうとしてもその手は中々リンの胸から外れようとはしなかった。

 少しの間驚きで硬直していたが、第三者の気配を感じる以上起こさない訳にもいかない。


「ルーク様起きて!!」


 小声でリンは呼び掛けたが中々起きる気配がない。…誰だ、気配に敏感で直ぐ起きると言った奴は!!(←アンさんです)

 何度も声をかけると近付いて来ている相手にも気付かれてしまうため、リンは空いている手で脇腹を擽った。

 それでも起きようとはしない。もしや不感症なのか?そうなのか!?

 流石にガッチリ捕まれている胸は解放しようとしたら、………余程離したく無かったのだろう。ルーク様は起きたのだ。


「う~、ん?……リンおはよう?」

「おはようには未だ早いですよ。…ルーク様、どうやらお客様の様ですが?」

「その様だね……招いていないのに、面倒くさいね。貴重なリンとの睡眠を妨害するなんて万死に値する…」


 男の癖に可愛らしいあくびをしながらそんな事を言ってくる。それにしても何故に抱き締める手を強めるのか?


「どうでも良いですから、その手を離して下さいよ」


 起きた今も未だルーク様の手は胸を掴んでいる。


「その手?……ああ、嫌だよ」

「はあ!?」

「リン…声の大きさは気を付けてね?」

「なら離して頂けません?」

「だから嫌だよ……今離したら次にいつ触れるか解んないでしょ?」

「そんな事をいってる場合ですか!!…一大事ですよ!?」

「俺の一大事は今この時だ」

「無駄に良いキメ声で言わないで下さい」

「じゃあ離すからまた触らせてね?」

「………」


 リンが何も答えないのを良いことにルークは肯定と受け取ったらしい。

 素早く起きると急ぎ着替えた。

 執事に日頃手伝って貰っている人とは思えない位手際が良かった。

 リンも急ぎ着替えると窓に手を掛けた。


「ルーク様、どうします?……ここから逃げますか?……それともここで迎え入れますか?」

「前者だが、逃げないよ。…違う場所で対峙する。ここだと女将さん達に迷惑がかかるからね」

「私が片付けて来ましょうか?」

「脚下…」


 既に先程までの甘えた男の顔は消して感情の無い人形見たいな表情になっていた。

 灯りを灯す事が出来なかったが、夜目のきくリンはルークを見て、迂闊にも見惚れてしまった。

 窓からの月明かりに照らされた金糸の髪が輝いて見えて、整った顔、深い海の色の瞳に、白い肌がやけに美しかった。

 全身黒尽く目の自分とはあまりにも違い過ぎて、少しだけ寂しさも覚えた。

 でも……。


「私は今のルーク様の表情は好きじゃありません」


 そうなのだ。

 整って神様が作った人形の様な人を好きになったんじゃない。子供の様に駄々を捏ねて、でも優しくて時折寂しそうなルークと言う男性に心が惹かれたのだ。


「………リンの前では素でいられるけど、これから嬉しくも楽しくもない連中と対峙しなければならないからね」


 貴族としては、こちらの顔の方がやり易いのだとルーク様は苦笑しながら言った。


「なら、さっさと片付けましょうね」


 と言ったリンの言葉に今度は子供の様に笑った。


 リンは音もなく窓を開けて、窓枠に手をかけると勢い良く飛び出した。

 屋根から屋根に跳び移り下まで降りると下に待ち構えていた男の首に回し蹴りを入れ気絶させ、流れるようにもう一人の首には手刀を叩き込み、敵が声を上げる間もなく腹に正拳付きを繰り出した。

 主に廊下側に人員を配置していた様で下にはそんなにいなかった。

 いつの間にか下まで降りてきたルーク様にリンは少しだけ驚いた。

 お貴族様が荒業が出来るとは思っていなかったからだ。きっと、この男達も同じように考えていたからのこの配置なのだろう。


「リン、行くよ」


 ルーク様は馬屋に行き馬を逃がすと気付かれない様に街道からも離れ森の方に入っていった。


「馬……良かったんですか?」

「人より馬の方が賢いからね。…ちゃんと家まで戻るだろう。…それに俺達といた方が危ない」


 そこでリンは歩きながらずっと違和感を感じていた事を訪ねた。


「もしかしなくても、ルーク様はこうなることが解っていたから公爵家迄直ぐに戻りませんでしたね?」


「リンを巻き込んだことは本意ではないよ」


 肯定だ。

 こう見えてルーク様は過保護だ。

 懐に入れた人間は大切にするのだろう。

 きっと公爵家の皆はルーク様にとっての大切な人達だから、巻き込みたくなかった。


 でも自分は蚊帳の外よりも共に危険の中にいたい。

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