第26話ルークの過去part5

「そんな事を言うのはリンくらいだよ。まあ、父上の名誉の為、と言う訳ではないけれど、あの当時は未だ上に優秀な兄である王太子がいたからね。自由の身だった。将来的には兄を支える立場と言う事もあって各国を回り人脈を作ると言う目的もあったんだよ。本人曰く期待されていなかったし、迷惑をかけないなら好きにしろと言われていたから好きにした迄だ、だそうだけどね」


 ルークはリンの髪を撫でながらもその瞳は遠くを見つめている様だった。

 思っていたよりも父親との関係も悪くは無さそうだ。正直、もっと険悪なのかと思っていた。

 でも…その優秀な王太子はどうなったんですか?

 とはさすがに聞かなくても、リンにも解った。死んだことは確実なのだろう。その死因は別として。


「……お母様はどうしてお亡くなりになったんですか?」


 アンさんから少しだけルーク様のご家族を聞いた事がある。と言っても本当に少しだけ。

 お母様はルーク様が小さな時に亡くなられていると言う事だけだった。

 興味本位と言う訳ではない。病死なら、ルーク様も体質遺伝されている可能性がある。可能性があるなら、予防に徹した方が良い。

 ルーク様には死んでほしく無いのだから。


「……母上は………殺されたんだよ。父上が王子だった頃は父上に与えられた宮で親子3人仲良く暮らしていたんだ。

 特に母の血筋のことで表だって何かを言われた事もあの当時は無かったしね。まあ、魔女で有ることは隠してはいたけれど平民である事は周知の事実だった。それでも何も言われなかったのは、父上の兄上、当時の王太子が人格者だったから。弟の花嫁を愚弄する言葉を絶対に許さなかったそうだよ」


 どう返して良いのか解らない。

 慰めは違うと思うし、かといって当たり障りのない言葉はこの場には相応しくない。

 考えすぎて頭がパンクしたリンは本能のままルークに抱きついてその胸に顔を埋めた。

 独りでは無いのだと温もりから伝わって欲しかったのかも知れない。

 幼かった彼を抱き締める事が出来ない代わりに今の彼を抱き締めた。


 傷が塞がっていて欲しい。

 開いたまま……血を流し続けるのでは生きていくのが辛すぎるから。

 そんなリンを優しく、力強くルークは抱き締め返した。顔を埋めているリンには解りようもなかったけれど、ルークの表情は今までに無いくらい穏やかなものだった。


「リンは優しいね……でも、俺は悪い男だからそんなリンの優しさに付け入ってしまう」


 ルークはリンの顔を片手で上に向かせると眼を閉じてその整った唇をリンの小さな口に近付けた。

 リンは何をされるのか頭の片隅では解っていたけれど、それが何を意味するのは体が理解しておらず動くことも……眼を閉じる事も出来ずにいた。

 ただ、不思議に嫌悪感はなくその唇を避けようとも思わなかった。

 味わってみたい。触れてみたい。触れて欲しい。そんな思いが強かった様に思う。

 だからゆっくりと自分の唇に触れてきたその温もりと、ああ柔らかいと感触を感じる事。

 零の距離感がどうしようもなく胸を熱くさせた。ゆっくりと近付いきたそのままのスピードで遠ざかっていく顔を名残惜しいと思いながら、リンは眼を開けリンを真っ直ぐに見つてくる、その綺麗な深い海の色の瞳を綺麗だなと、そう思っていた。


「良かった……リンに拒否されてたら軽く死ねると、思ってたから」

「……ルーク様から仕掛けてきたのに勝手ですね」

「男は皆勝手何だよ。まあ、リンは俺意外の男を覚える必要は無いけどね。……リン、嫌だった?」


 不安そうに訪ねるルーク様を可愛い等と思ってしまった。


「嫌じゃ無いですよ。……不思議と離れて行くことを名残惜しいと思ってしまう位には…って!!」


 言い終わるより早くルークがリンを力強く抱き締めた。


「行きなり何ですか!?」

「ああもう!!!…リンが可愛すぎるのがいけない!!…自分に好意を持っている相手にそんな可愛い事を言ったら何されるか解んないよ!?」


 言っている意味が解らないし、でも腕の中は心地好いしで忙しい。


「ルーク様、言っている意味が解りません」

「……はあ、そうだね。真っ直ぐ正直なのがリンの良いところだから……良いよ。俺が気を付けてれば良い。……それにしても、何時まで俺を様付けで呼ぶの?」

「ずっとです…」


 何を言っているのだろう?

 侍女なのだから当然ずっと敬称をつけて呼ぶだろうに。


「……嫌だ。……リンには名前だけを呼んで欲しい。……ほら、呼んでみて?」


 体を離して向かい併せになるとニコニコしながらルーク様はそんな事を言ってきた。

 期待に満ちた眼差しで……。

 リンは罪悪感を何故か持ち、目線を下に背けた。


「いや……そんな期待されても言いませんよ?……私、公爵家の使用人ですし」

「何言ってるの?……リンは俺の恋人でしょ!?…」

「……初耳です」

「ええ!?…キスだってしたのに?……一緒のベットで朝だって迎えたのに!?えっ!?…嫌なの!?」


 珍しく慌てているルーク。

 後で解った事だが、リンも誰かとお付き合いをした事が無かったが、実はルークも恋愛初心者だったのだ。自分から誰かを求めた事はない、この見た目だけは色男。

 普通の手順が解らなかったらしい。

 でもその事を知らないリンは、身分が高い人のお付き合いとはそう言う物なのだろうか?等と明後日な理解を示していた。


 あんたが勝手にやったんだろう!?とは流石に言えないけど、どうしよう。

 その申し出が嫌じゃない。


「嫌じゃ……無いですよ?…でも、好きだとも言われて無いですし…」


 そのとき初めて、ルークは自分が告白すらしていない事に気付いたのだった。









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