第21話シリルとルークと時々リン

 ルークはリンの肩に腕を回すとそのまま頭をリンの肩に預けた。

 美しい絹の様な髪がさらっとリンの横顔と首筋を擽る。擽ったい様な、それでいて肌触りが良い髪が気持ちいい様な……男の癖に……と何とも斜めな嫉妬すらも懐いてしまう。

 だが、その姿がまるで甘えている様で何時もは悪態をつくリンだが、何も言えなくなる。

 シリル様はベットの中で規則正しい寝息を立てており、ルークの視線はシリルに向いていた。寝ているシリルのために部屋は薄暗く、申し訳無さそうにルームランプが灯っているだけだった。だからなのか、雰囲気がそうさせているのか、ルークはリンの眼にはとても儚く見えた。

 病弱で寝ているシリルの方がまだ健康そうだと、ぼんやりリンは考えていた。

 こんな時優しい女の子なら何か声をかけるのだろうが、生憎とリンは特殊な環境で育っており、その間隔は獣のそれに近い。

 だから、慰め方も獣と同様ただ寄り添うだけ。でもそれが何より傷付いた者には有り難いのだと本能が知っていた。

 ただの言葉では届かないところも、人肌と言う優しい温もりなら浸透していく事を感覚で知っていた。

 何れくらいそうしていただろうか?……先に沈黙を破ったのはルークだった。


「……ねえ、リン。俺はちゃんと兄が出来ているのかな…」


 目線は今も弟、シリルに向いたままだ。


「………私にはちゃんとの意味が解りません。……兄弟にちゃんとも駄目も無いと思いますが?」


 心からの疑問だった。

 だってリンには兄弟がいない。母は早くに亡くなっており、いたのは手の掛かる父親だけ。それこそちゃんとしていない父親だった。なら、父親じゃないのか?

 そんな事はない、駄目親父だったけれど、けれども大事な親に違いない。


「シリルの母親と俺の母親は違うんだ。……シリルの母は公爵家の姫だった方で、御正妃、おれの母親は…異国の女だ」


 母親への言い回しに、少しの違和感があったがリンはそれを流した。

 其よりも大事なのは別にある。


「それが何か?……」


 続く言葉は、『何が問題だ?』

 でも言葉には出さない、不敬だからでもあるけど、其よりも言わなくても伝わるから。


「………そうだね、何も問題じゃない。少なくとも俺や、きっとリンにはどうでも良いことだ。でもどうでも良いことが、どうでも良くない人間がいるんだよ…」


「それは…面倒臭いですね…」


 リンが育った場所はとてもシンプルだったし、良くも悪くも他人を気にしなかったから、余計に面倒に思えた。


「ぷはっ!!…そうだね、面倒臭いね」


 リンの言いぐさに堪らずルークは吹き出した。口を拳で押さえながら笑い続けるルークにリンは『笑いすぎです!!』と小声で抗議する。勿論爆笑しているルークも器用に声のボリュームは押さえていた。

 薄暗い部屋で、年頃の男女がすることでは無いが、見ようによってはイチャイチャしている様にも見える。まあ、それを指摘したらリンは全力で否定し、ルークは笑顔で肯定することだろう。


「有り難う、リン」

「お礼を言われる意味が解りません」

「………うん。リンはそれで良いよ。出来ればどうか変わらないでいて欲しいな」


 他愛無い言葉を言い合っているうちに、ルークが眠たそうに目を擦り始めた。


「眠いのなら、寝てください。…ルーク様はたくさん頑張ったのだからお疲れでしょう?」


 その言葉で、ルークは嬉しそうに笑った後、悪戯を思い付いた様に、綺麗な微笑みを浮かべた。


「じゃあ、遠慮なく眠らせて貰うね?」


 事も有ろうにリンの膝に自身の頭を乗せると、顔はリンのお腹に埋めて早々に眠りについてしまった。文句を言う暇もなく、だ。

 まあ、今回は頑張っていたから特別に甘やかしてやろうと柄にもなくリンは仏心を出したのだった。



 ◇◇◇


 リンは温もりを求めて何やら解らない硬い物にすがり付いた。

 硬かったけど、不思議とすべすべで肌触りがいい。

 不思議に思いうっすらと目を開けようとして、リンは自身が身動き出来ない事に気が付いた。意外にも嫌悪感はなく、ただ重いと言うだけなのだが。何とか顔を上げるとそこには破壊力の高い顔が目の前に迫って来た。

 そう、どうやらルーク様にいつの間にか抱き締められて寝ていた様なのだ。昨日は、膝枕をしていた筈だ。

 甘い雰囲気など何処へやら。この状況に疑問しか浮かばない。違う意味でパニックだ。

 どうしてこうなった?

 何とか頑丈で、それでいて優しい拘束を解こうとするのだが、おかしな事に解けない。

 何より、リンは人の起きている気配には敏感な筈だった。其なのにがっちりホールドに気付けなかった自分にショックだった。


 リンが身動いでいたからだろう、ルーク様は『う、ん?……』と少し意識が浮上し始める。これ幸いとリンはルークを起こしにかかった。口は塞がれていない。


「ルーク様!!起きてください!!私のために!!」


 こんなにリンがルークにお願いしたのは初めてだった。


「リンがお願いしてくれるのは嬉しいけど、俺としてはもっと違った内容が良かったな」

「!!!……ルーク様、意地悪です。起きてたんですね!?」

「起きたんだよ?…」

「起きたのなら、さっさと離して下さい!!」

「やだ」

「なっ!?」


 ルーク様は事も有ろうに、余計にリンをぎゅっと抱き締めてきた。

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