第14話 認めてあげる

「え……?」

『……やっぱり、天龍くんらしいな』


 ミソラさんは訳が分からない、と言いたげな顔をして、こちらを見る。佐倉さんは何か察してるみたいだけど。

 殴らなかった理由は、まぁ女の子だから気が引けたとか、そんなのをイメージするんじゃないかな。実際そう言うのもあるし、否定はしない。

 でも、それだけじゃない。


「まぁ、俺は君らに半端な覚悟じゃないってこと、認めてもらいたいだけだから。別に殴るまでする必要、ないかなって」


 別にこの人を倒すのが最終目標じゃない。俺の目標は最低限の力と覚悟をこの人に見せること。じゃあ、「確実に1発は入ってた」って証明があれば、べつにいい。


 わざわざボコる必要なんざないって、思っただけだ。まぁこれも、彼女から見れば「甘い」のかもしれない。


「む、情け? 女の子だからってビビったとか? そんなの––––––––」

「甘いってんだろ、知ってる。もちろん現場に男も女もないのは知ってるよ。多流派の武術仲間にゃ女の人でも強い人はいるし、その時は真剣勝負でやってるよ」 


 それに失礼でもあるだろうな。彼女は一流の諜報員。こんな新米に情けかけられたとも取れる真似されちゃ、頭にもくるだろう。

 だからこうして言ってる。別に舐めてるからこんなことしてるわけじゃないんだから。


 ただ、俺は自分の曲げられないものの元に、動いてるだけだ。


「本当に必要と思った時に、その力は使う。俺のモットーだよ。今回は拳を入れる必要がないと思ったから、入れなかったまでだ」

「……この一撃の前の1発目は入れる気満々だったような気がするけど」

「あの時は君、結構早めにガードしてたじゃんか。それに間違いなく止められるって確信があったから。それでも攻撃する意思くらいは見せないとだろ?」

「……む」


 ミソラさんは俺の言うことに一理あると思ったのか、ちょっと言葉に詰まったような声を出す。

 言い訳じみてるけど、本当のことだ。最初の1発目は、正直「こんな隙見せたら叩くぞ」という牽制のようなもの。さっきみたいに確実に叩き込めるってほど大きな隙ではなかったから、防がれるだろう、と思って放った1発。

 攻撃を流された、程度なら俺でも対応できるレベルだ。彼女が対応できないはずがないと思ったからこそ思いっきり繰り出したまでだ。


『ふふっ、君らしい答え方ですね。その馬鹿みたいになんでも正直に言っちゃうところ。そしてちょっとカッコつけちゃうところがまた……』

「……佐倉さん。話の勢い折らないで」

『あ、照れた。可愛いなぁ』


 クスクスと佐倉さんの笑う声が、無線を通して聞こえて来る。こっちは必死になってるってのに……。決して痛いとこつかれて恥ずかしくなってる訳じゃ、ない。

 それにまた褒めてるんだか貶してるんだかわかったもんじゃない言い方を。まぁ悪く言われてる訳じゃないのはわかってるけど。そこはまぁ、彼女らしいっちゃらしい、のかな。

 

「……で、話戻すけどさぁ、どうだ? これでもまだ、君に取っちゃ中途半端か?」


 さて、ちょっとばかり話が逸れたから、ここいらで本題に戻ろうか。そう自分に言い聞かせて、緩みかけてた気持ちを切り替える。

 そう思うと、自然と声が低くなって、ちょっと力が篭る。別にそんな気はないけど、凄んでるみたいになってて少し複雑だ。


「まだ認めないってなら、認めてもらうまで俺は引き下がらない。どんなに時間かけたって、絶対に……!」


 でも、複雑な気持ちにはなるけど仕方ないだろう。こっちは必死だ。全力だ。

 眉間もいつの間にか寄せて、拳も握りしめていた。

 さぁ、彼女はどうするんだろうか。返答によっちゃあと何時間だって––––––––––!


「ぷっ」


 と、こっちが真剣な顔して考えてたのをぶち壊すように、彼女は。


「あははははっ」

「え」


 笑った。

 爆笑、なんてもんじゃない。朗らかで、静かな笑いだ。こっちは神経を張り詰めていただけに少し拍子抜け、もとい肩透かしのようなものを喰らった気分だ。


「ふふっ。いいよ、認めたげる。なんかどうでもよくなっちゃった」


 彼女はその笑顔を崩さないままに、こちらへと向けた。その笑顔は今までの彼女からは想像できないほどに柔らかで、親近感の持てる笑顔だ。

 その表情に、彼女の整った顔立ちも相まって、少しドキッとさせられた。

 いきなりで少しぽかん、としてしまうけど、認めてはくれたみたいだ。まだよく呑み込めてないけど。


「だってまさか身体能力強化装置パワーブースターなしなんてそんなバカげたなこと、考えてなかったから。そんくらいやれるなら、一応認めたげてもいい」

「……佐倉さんもそうだけど、君ら褒めてんのか馬鹿にしてんのかどっちなのさ」

「褒めてあげてるし、馬鹿にもしてる。素直に受け取っておけば、それでいい」

 

 返答に困るよそれ。馬鹿にされてんだったら素直に受け取りづらいわ。

 まあ確かにただでさえ年季に差があるのに普通に装備すべきものを装備せずに挑むなんてそんな真似——————、


「レベル1の勇者が素手で最終形態のラスボスに挑むようなもんか」

「そういうこと」


 ようやく、佐倉さんがあんなに理不尽に起こってた理由が呑み込めたよ。彼女たちにとっちゃ、鼻から考慮することから外してるくらいには非常識なことだったみたいだ。あとで改めて詫び、入れとかなきゃいけないな。

 

「でも、意外とうまく使いこなしてたからびっくりしちゃった。基礎的なことは咲から聞いてたのかな」

「うん、まあね。ほれ」

「ふふ、なるほど。装置の出力を固定してたんだ。どーりで」


 俺が制服の左の裾を二の腕まで捲ると、そこから肘にかけて伸びた、ところどころが青く光ったサポーターのようなものが見えた。これが身体機能強化装置パワーブースターだ。


 一応ここ以外にも右腕と、両膝部分に装着している。初めてでも問題なく扱えたのは、装置が出すパワーをある程度抑えたかつ固定化したものを使ってたからだ。

 佐倉さんたちが使ってるようなものはこれとは違って、ある程度出力を自分好みにカスタムできるものらしい。けど、かなり扱いが難しいみたいだから、それは渡されなかった。


「あ、そうだ。さっき馬鹿にしたの、謝るよ。軽はずみだったね、ごめん」


 ふと、唐突に。思い出したように、ミソラさんからの詫びの言葉。

 突然だったからびっくりしたけど、俺のことを認めてくれたからこそ、こうして素直に謝ってくれたんだろう。

 ……というか、俺も今更、挑発したこと申し訳なくなってきたぞ。彼女に取っちゃ屈辱以外の何物でも無かったろうに。


「あ、いや。俺も挑発したとこあるし、そこは俺も謝るよ。何より認めてくれんならそれで——————」


 いいんだけど、なんて続けて閉めようとした。だって認めてくれたなら、今これ以上求めることなんてないから。

 でも、その矢先。


「だから——————、。認めてあげた、証拠」

『ちょっとミソラちゃん、まさか——————」


 そう言った彼女の眼が、変わった。

 低く唸るような機械音が響いたと思うと、彼女がつけている白いリストバンドと、靴、そして手に持つ剣の柄部分が青く光る。

 佐倉さんが何か言いかけるも、それが言い終わらないうちに、呟く。

 


2nd step第二段階


 そして彼女は、前へと飛び出した。

 2nd stepって——————もしかしてまだやるつもりかよっ!?

 その時の体のキレは、さっきよりも鋭く、軽やかで。

 準備する間もなく俺の足元に潜り込む。


『天龍くん!! 下っ!!』

「げっ!!?」


でも、それに気づいたのは佐倉さんの警告を聞いてからで。

気づいたときには、ミソラさんが既に下から剣を振り上げていた。


「ほっ!!!」

「––––––––っづぅ!!??」


 それを俺は流そうとする、けど。

 さっきよりも、力が強すぎてっ——————!


「捌き、きれね–––––––!」


 流しきれない……! ほぼのけぞるような形で、剣の切っ先を躱す。

 そして、その崩れた体制を立て直す暇などあるはずもない。ミソラさんは切り上げた勢いで剣を高く放り投げ、


「いよっ!」


 肘打ち。俺の鳩尾にめり込まんと迫ってくる。

 あ、やられたわ、これ。そう思ってぎゅっと目を閉じる、けど。


 衝撃がいつまでたっても来ない。不思議に思って目を開けると。

 肘が、俺のお腹の1ミリ先にあった。

 言うなれば、寸止め。

 さっき、俺が彼女にやったやつだ。


「どう? これが、ちょっと本気出した私。そして、さっきのお返し」


 そして、くすり、と憎らしいほどに、いたずらっぽく。

 そんな彼女の笑い顔が、目の前にあった。

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