殺されかけて入ったのは、秘密結社でした。

二郎マコト

第1話 プロローグ:girl & girl

「任務、完了しました。ターゲットの身柄を然るべき機関に引き渡した後、本部に帰還いたします」


 夜も更けたころの、路地裏の一角。大通りのネオンの光がうっすらと辺りを照らしている。

 そこに立っているのは20代前半くらいの女性。無線に向かって、少し抑揚を抑えるようにして声を発している。

 女性の中では平均的な高さの声。その声には彼女くらいの年頃の女子のような、あどけなさはなく、ただ、淡々とした調子だ。


「……はい。14時00分に、ターゲットと取引を行う予定だった組織の幹部に接触。拘束したのち、ディスクの取引先を聞き出すことに成功しました」


 長く、綺麗な黒髪が青い光に照らされる。凛々しく、かつ整った顔立ちだが、彼女の就いている職業柄が影響しているのか、若干きつめの印象を受ける。


 彼女がいる場所は、街の大通りから少し離れた路地裏。故に、薄暗く、人通りが全くない場所。

 ここでいくら大声を出そうが、比較的規模の大きな乱闘が起ころうが、大通りを歩く人に気づかれることはほとんどないだろう。


 まぁだからこそ、彼女達は今回の任務を、誰にも気づかれることなく遂行できたのだが。


「––––––報告を続けます。先ほど22時00分に、今回のターゲットに接触。そして––––––」


 そこで彼女は、ふと、視線を下に落とす。

 薄暗い、少し清潔感に欠く路地裏の道路。そこにはいくばくかの黒いものがぽつぽつと転がっている。

 そこに、あるものとは、



 呻き声を上げながら道路に体をめり込ませ、

 縄にきつく縛られた、

 黒いスーツの男達。


「制圧いたしました。只今、処理班の到着を待っているところです」


 彼女が着く職業–––––、それはとある秘密組織の戦闘部隊。5人1組のチームで裏で行われている危険物の取引を水面下で止める、大規模犯罪を企てる組織を未然に鎮圧する、と言った、いわば諜報員の様な任務を遂行することを主として活動する部隊だ。


 彼女がソレらを見ていたのは、ほんの一瞬。

 一瞬見た後、顔を上げて、そこには何もないかのように報告を続ける。


「……はい、その後はいつもの通りに。では本部でまた、改めて」


 ピッ、という音が聞こえた。無線を切った音だろうか。

 ふぅ、と彼女は1つ、息を吐く。そして後ろを振り返って、


「報告は終わったわ。後はいつものように処理班に引き渡すだけだから。その間までここで待機してて」


 後ろにいた数人に声をかける。そこには、


 彼女より少し年下くらいの少女達が立って、

 あるいは手頃なところに座っている。


「……了解。リーダー。今日は比較的楽な仕事だった」


 スプレーで落書きされた壁にもたれかかって、少し寡黙で物静かな印象を受ける、銀色の髪の女性が、少しけだるげそうな声を上げる。グッと背伸びをしているのは、動いた後のクールダウン、の様なものなのだろうか。


「比較的、なんてもんじゃないっしょ。ヌルすぎヌルすぎ。それなりの組織の取引だっつうからもっとそれなりの奴、用意してるもんだと思ったのにさー。はーぁ、期待ハズレもいいとこだっつの」


 呆れた声で、近くに横たわっている男を足で小突く、少し軽そうで、オレンジ色に髪を染めた短髪の少女が銀髪の女の子の言葉に答える。

 グループのなかで1番の長身であるため、年長者だと思われるが、実は一番年少者である。


「……全く、自信に満ち溢れたリア充共はいいわよね……。私なんか貴女たちのいう「比較的楽な」仕事でさえ死ぬかもしれないと思ってビクビクしてんのに……」

「はいはい、今日一暴れた奴が何言ってんだか」


 少し目立たないところで、小柄で、眼鏡をかけた少女が、身の丈ほどあるハンマーを地面に立てて座っている。少し自信なさげに、非難するように文句を言っても、長身の少女に軽くあしらわれてしまうあたり普段から物を強く言うタイプではないのだろう。

 しかし、軽くあしらっている方も、今日の美味しいところを持っていかれたからか少し悔しそうにしているあたりお互い様、と言ったところだろうか。


「貴女たち、さっきも言ったけど、まだ後処理が残ってるんだから気を引き締めて。まだ任務は完全に終わったわけじゃないのよ……って、さき、聞いてるの?」


 他の女性達がやいのやいのと言い合ってる間、ずっと夜の空を見上げていた女の子。

 桜色の髪色に、ふわりとした髪型。リーダーの女性の声に現実に引き戻されたのか、はっとなり振り返る。


「えっ? あ、はい! 聞いてます聞いてます! えっと、カレーうどんってどう思うか、ってことですよね?」

「……」

「……あ、あれ? もしかして違いました?」


 総じて微妙な顔持ちになる中、彼女のみ、引きつった苦笑いを浮かべている。

 というかそもそも、どこをどうしたらそんな話題が出てくるのか、といったツッコミは、ここにいる皆が思っていることであろう。


「……全く、珍しいわね。貴女がこんな時に考え事なんて。日常の生活で何かあった?」


 リーダーの女性が無理矢理切り替える。このままの雰囲気だと色々とやりづらいと判断したのだろう。


「いえ、そういうわけじゃ。いつも私と仲良くしてくれる男の子のことについて、少し考えていたんです。私がこういう仕事してる間も、きっとその子は平穏に過ごしてるんだろうなって……」

「……なによ、ノロケ話じゃない。爆発してどうぞ」

「ちょっ、やだ、そんなんじゃないって! ただその子にはそのままでいて欲しいなって思ってだだけなのに!」

「ノロケ話じゃない」

「お、ゴシップってやつ? いーじゃんいーじゃんもっと教えなよ!」

「だーかーらぁー!」


 先程よりもさらにやかましく、やいのやいのと騒ぎ合う少女達。

 桜色の髪色をした「さき」という少女は知る由もない。

 その少年は、近いうちに、彼女と、ここにいる彼女達と深く関わることになることを。


 彼女達は知る由もない。



 リーダーの女性が額に青筋を浮かべて、拳を高く振り上げていることに。

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