ナランナ国

22. 終点、デイ・サイド・テュール

 途中停車駅で待ち構えていた警官隊に無事ルーイを引き渡した後、ようやく肩の荷が下りた一行は、残りの列車旅を心置きなく熟睡して過ごし、自然と起床を促される頃には、長い長いナイト・トレイン・トラベルも終わりに近付いていた。


 あんな大事件の後では、眠りたくても眠れないだろうと、諦めモードでぼんやり窓の外を眺めていたテオも、気が付けば窓枠にもたれるようにして入眠していた。張り詰めていた糸が切れ、安心したせいだろう。


 ――間もなく、ナランナ国・バリエール駅を通過いたします。


 静かに流れた車内アナウンスを合図に乗客たちは目を覚ますと、黙々とコートを着込み、渇いた大地の上を走る風音の幻聴に身震いした。身の回りを改め、簡易テーブルに広げた私物を片付け始める。

 目的の駅、終点デイサイド・テュールは次の停車駅だ。


 人々の起きる気配に、テオの意識も浮上する。同じ体制で首を預けていたせいか、少し肩が痛い。首を回して筋肉の緊張を解しながら欠伸を放つ。

 サービスで、天然水を温めた白湯を振舞われ、乾いた喉に一気に流し込むと身体の中からほんのりと熱が上がるような感覚に包まれた。


 ――終点、デイ・サイド・テュール。到着でございます。本日はご利用、誠にありがとうございました。


 天井のスピーカーから録音音声が流れると同時に、列車は終点のホームへのんびりと滑り込む。

 テオたちは座席の周りを改めてから他の乗客たちに紛れて、凍てつく風が吹き付けるホームへ出た。


 到着したナランナ・デイサイド・テュール駅のホームに吐き出された乗客らは、天下に悪名を轟かす殺人鬼と同じ列車に乗り合わせるという、なんとも不運な大騒動に巻き込まれたおかげか、疲労を色濃く残した顔で、思い思いの目的地へとばらけていく。


 過疎化の進んだ駅を出ると、すぐ正面に小ぢんまりした商店街が伸びていた。ずらりと並んだ店には薄汚れたシャッターが下り、人通りは皆無だった。廃墟が軒を連ねているように見えたる光景だが、店先に出たパン屋や雑貨屋の看板は綺麗に磨き上げられており、今が営業時間外の深夜であることをようやく思い出す。


 テオは、霜が降りたような凍鉄こおてつの大気から、できるだけ素肌を晒さないようにとしっかり外套を着こみ、衣服の隙間から凍った白い息を吐いている。郊外に住む美童たちも、自分たちの住む土地とは趣の異なる寒さに己の肩を抱き寄せた。


 都会から離れた空は冴え冴えと澄み渡り、藍色の外套を翻した白銀の月が、散らばる星々の瞬きをうっそりと見つめている。


 初めて見る壮大な銀湾が空の果てへと流れ、大小さまざまな星がちらちらと瞬きを繰り返す。高い建物が一切排斥はいせきされた砂漠の地上が、都会の利便性やざわめきとを引き換えに手に入れた、この世に二つとない景観だ。


 正直テオは、人々の賑わいや道楽に事欠かない生活よりも、こういった自然と共存を果たす静かな環境の方が好ましく思える。人混みが嫌いな彼にとっては、町へ行くのはたまにで十分だった。


「ここからは別々だね。どちらが先に本を手に入れても恨みっこなしだ」


 と、クラレンスが清々しい顔で弟を振り返る。目的の地に降り立ったわくわくと、更なる旅の始まりに胸をときめかせている顔だ。冷えた大気に晒されているせいではなく、興奮に上気した頬が瑞々しく輝いて月の光を仄白く反射する。

 それに比べ、テオは些かの緊張を上らせた面持ちで「うん」と素っ気なく返す。


「大丈夫かい、テオ」


「何が?」


「……いや」


 クラレンスは反射的に出てしまった心配の理由を自分でもよくわからず、言葉に詰まった。そんな彼の様子を見て、キティは控えめに笑いを漏らす。


「くくく、自分の視界から弟が遠ざかるのが不安なのはお前さんだろ? 心配するなよ。一応、大人が傍にいるんだから」


 キティの言は曖昧な発言に込められていたクラレンスの本心をずばり言い当てていたようで、彼は口を噤んではにかんで見せた。

 テオもなんだか気恥ずかしくなってきて、「ありがとう。大丈夫だよ。兄さんも気を付けてね」と早口に言った。


 別れ際、美童は宵一からあらかじめ聞かされていた獰猛どうもうな砂漠の怪異について忠告し、互いに別方向へ別れた。

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