墓守の少女



 その日、夢を見た。

 どうしてこんなに鮮明に記憶に残り続けるのだろう。

 どうして薄れてくれないのだろう。

 どうして時間は薄れてくれないのだろう。

 粘つく記憶は体にまとわりつき、決して自分を逃さない。


 妹がひき逃げに遭ったのは半年前のこと。

 病院に駆けつけたときにはもう遅くて、体は冷たくなっていた。


 そしてその日からだ──、妹の霊を見るようになったのは、そして付き添うようになったのは──。




「囚人302号、外に出ろ」


 兵士の一声で滝沢は目を覚ました。

 気がつくと床に横たわっていた。

 夢をみたせいか、寝汗で背中がびっしょりとしていた。


 ガチャガチャと音を立てながら、兵士は檻の扉を開ける。


 なんだろう。

 処刑の期日までは、まだ遠い。


 すると複数の男たちと共に、滝沢は地下牢の階段を上がった。


 照りつける太陽の光があまりにもまぶしくて思わず目を細める。

 久々に吸った外の空気が、新鮮に感じられた。


 そうして滝沢は町に出てきた。


 手首の手錠には、およそ2メートルほどの鎖が繋がれている。


 人々の視線に晒されながら、滝沢はうつむきながら歩く。

 ひそひそとした声が、所々から聞こえてくる。


 時々こちらを睨みつけるような視線もあった。


 悪の勇者。

 悪名は、町中に広がっているようだった。


 人々の怨念を浴びながら、とぼとぼとした歩調で進み続ける。


 囚人というのはこんな気持ちなのか、と滝沢は改めて実感した。




 連れてこられたのは、町外れにある共同墓地だった。


 地面には雑草が生え茂り、墓石には苔がこびついている。

 どうやら管理が施されていないようで、所々が荒れ果てていた。


「処刑までの間、今日からここで刑務作業だ。俺は門で見張ってるからな、サボるなよ」


 兵士はそう言うと、滝沢に掃除用具を渡した。


 なんなんだ……。

 多少の疑問はあったが、それでも外で体を動かして作業ができるというのは嬉しい。

 しばらく牢獄に閉じ込められていたせいで、体がなまっていたのだ。


 滝沢はまず地面に散らばった枯葉を集めることにした。


 冷たい風が吹く。

 枯れ木が寂しそうに、枝を揺らしている。

 もうすぐ冬がやってくるのだと、感じた。



 その日は夕方まで作業をしていた。

 箒で集めた枯葉を袋につめていくだけの、簡単な作業だった。

 墓地の枯葉はあらかた片付け終えた。


 強い風が吹いた。


「ああ、まったく」


 集めた枯葉が、はらり──と散り、その先の向こうで──誰かの気配を感じた。



 いつの間にいたのだろう。


 すぐ隣で、墓石に腰をかける少女の姿があった。


 夕暮れのコントラストに染まって、切なげに空を見上げている。


 黒い服装に、大きな鎌をかついだその姿は、まるで死神のよう。


 滝沢は、なぜだかその姿が美しいと思った。



「少年、暇をしているなら手伝いたまえ」


 少女が微笑んだ。


「手伝うって、何を」


 呆然と立ち尽くす滝沢に、少女は言った。


「祈るのさ」


 ……死者への鎮魂の祈りとか、たぶん、そういうやつだろうか。


 彼女が醸し出す独特の雰囲気につられて、自分も空に顔を向けることにした。



 夕日がまぶしかった。


 いつ以来だろう。

 こんなに綺麗な景色を見たのは。


 少しの時間が経って


「はは……」


 思わず、笑いがこぼれた。


 涙がでそうなくらい美しく広がるオレンジ色の空に、見惚れてしまっていた。


「なにを泣きそうな顔をしているんだい」


 訝しげな顔で、少女は言った。


「俺はもうすぐ……死ぬんだ」


「──? 見たところ、その手にあるのは聖印だね。正義の勇者がなぜ死を覚悟しているのか、ボクにには理解できない。とりあえず、その涙を拭きたまえ」


 彼女は黒いハンカチを手渡してきた。

 いつの間にか流れていた涙を拭う。


「1つ借りをと作らせてしまったようだね。けれど一緒に祈りを捧げてくれた恩もあるし、それでプラマイゼロにしておこうか」


「あんたはいったい、ここで何を?」


「ただ太陽を眺めているだけさ」


「は」


「太陽が東から昇ってくるだろう。その流れ行く様を、ただ眺めているだけなのさ。今日も平和に1日が終わるように、とね、毎日祈るんだ」


「……幽霊とか、死んだ人間への祈りは?」


「幽霊? たしかに幽霊というものは存在するかもしれない。けれどボクは信じていない。長年ここに居るからわかる。そんなものは見たことがないね」


 彼女は苦笑した。

 鎮魂の祈りとか、そういうのは関係なかったらしい。


「長年ここにいるって……あんたは、いったい?」



「ボクかい。ボクはただの“墓守”さ」


 ──墓守。


 すると彼女は考え込むように、顎に手をあてた。


「ふむ、幽霊か──もしこの世界に幽霊というものがいるのなら、きっと彼らは無念を抱いているだろうね。何かを悔やんだりして、この世を彷徨っているのかもしれない」


 よく喋る女の子だな、と思った。

 けれど、たしかにそうかもしれない。

 王女は殺された無念を抱えたまま、霊として存在している。



「お嬢様」


 突然、背後で男の声がした。


 そこには執事服を身にまとった、大柄な初老の男が立っていた。


「そろそろ、お帰りの時間でございます」


 執事はそう告げると、墓守は墓石から降りた。


「そうかい。では勇者くん、また話せる機会を楽しみにしているよ」


 そうして、背中を向けて手を振った。


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