彼女の証言


『まだお二人は、この世界のことはあまり知らないでしょうし、町を散策されてはいかがでしょうか』


 そう言われて、城下町にやってきた。

 隣には、安藤が並んで歩いている。


 首都といえる城下町の町並みは、中世ヨーロッパを思わせる石造りの建物の数々が並んでいた。


「それにしても、結構栄えているもんだな」


 主に、野菜や果物といった食料の露店が立ち並んでいる。

 辺りを見回すと、鍛冶屋や教会、学校なんてものもあった。


 大通りをかける馬車が、ガラガラと音を鳴らしている。


 道を歩く人々の表情は明るく、町全体が活気に満ち溢れているという様子だった。


「あまり見られると、緊張しちゃいますね……」


 少し恥ずかしそうに、しゅんとうつむく安藤。

 たしかに人とすれ違う度に、常に誰かの視線を感じていた。


 ──みて……あの方々が勇者様ですって


 店先で立ち話をしている女性たちから、そう呟くような声が聞こえた。

 たぶん、滝沢と安藤の服装のことだけじゃなく、手の甲の聖印が目に付いてしょうがないのだろう。

 時々、すれ違うなかで羨望の眼差しを向ける者もいた。


「それだけ期待されているってことだろ、勇者である俺達は」

「わたしはまだ……勇者だって自覚がありません」


 そんなの自分だって同じだ、と滝沢は思った。

 いきなり異世界に召喚されて、勇者だと認定されて、あまつさえも戦争にかりだされるのだ。


「滝沢さんも……」


 安藤は言いかけた言葉を飲み込んだ。

 とてもいいにくそうに。


「なんだ?」

「……滝沢さんも、一度、死んでるん……ですよね」

「そうだな」


 それだけ返して、会話は止まった。


 実は私もそうなんです──と言いたいのだろう。

 そうした共通点はあるものの、けれどそれを聞くのはお互いにタブーというか、あまり気持ちのいい会話にならないことは分かりきっている。

 暗黙の了解、というやつだろうか。



「……っ」


 突然の頭痛に見舞われた。

 いつもの予兆だ。


「どうかしましたか?」


 怪訝そうに顔を覗き込んでくる。

 滝沢は「いや、大丈夫」と手を振って返した。


 ……。


「俺さ、少しトイレに行ってくるから、その辺の適当な露店でも見ていてくれ」

「はい、わかりました」


 安藤は少し微笑んだ。

 初めて自分がみた、彼女の明るい表情だった。




 人通りのない裏通りに出てきた。

 滝沢は立ち止まって、深呼吸をした。


「あなたが殺されたのはいつですか」


 背後に、静かに佇むのはパジャマ姿の少女。



「……夜中の2時ごろだったと思います」


 空に浮かぶ雲が太陽を隠して、町全体に陰りをみせた。


「あなたが殺された場所と、その時の状況を教えてください」


「はい……」


 滝沢は裏通りを静かに歩き始める。

 それについてくるように、王女も後をついてきた。


「──部屋のドアが開く音に気付いて、私は目を覚めました」

「ドアの前には、私の父と、その近衛騎士の団長が立っていました」


 近衛騎士──あの鎧に身を固めた大柄の男か。


「なにか、急ぎの用事があるのかと思いました」

「私はベッドから立つと、騎士は剣を抜いて、私を切りつけたのです」

「一瞬、なにをされたのかわかりませんでした。すると、父は騎士に向かって『待て』と命令しました」

「痛みで倒れこむ私に、父は、耳元でこう囁いたのです」


──「おまえは私の子だ。私がやってやる」


「そう言って、両手で強く私の首を締めつけました」

「苦しくて、意識がだんだん遠のいていき──」


 王女は歩みを止めた。


「どうしました?」

「……それから先のことは思い出せません。きっと、その時に私の命は奪われてしまったのだと思います」


 すると彼女はうつむいて言った。


「父がなぜあのようなことをしたのかは分かりません。……けれど、あの時の痛みや、悔しさは今でも覚えています」



「犯人を──国王を、捕まえてください。お願いします」


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