第14話 ダンジョン1F

「ん……前とあんまり変わった感じがしないね。あぁでも通路が広くなってる?」



 一階エントランスにあった黒いもやを咲さんに見送られ潜るとそこはチュートリアルでも訪れた石壁が四方を囲うダンジョンだった。

 熊井君が言う通り確かに少し幅が広くなっている。

 前は四メートルぐらいだったが、五メートルぐらいになっていた。

 武器を持って振り回しやすくはなったが、代わりに大勢から攻められると前衛が抜けられる恐れも出てくるということだ。 



「やばくなったらこれに逃げ込んでショッピングモールに帰れば安全らしいから、そういう時は迷わず逃げよう」



 以前はスタート地点がただの袋小路でどうしようもなかったけど、今は帰れるという安心感があった。

 これがあるというだけで相当に心の負担が減っていた。

 それでも何が待ち構えているかは分からないのは胃に悪い。


 ――でも情報料が数万円以上するのばっかりだったからなぁ


 念のために訊いてみたところそういう金額設定になっていて、危険に直接関わることとは言え手が出にくい。

 一応、序盤の突破率はほぼ百パーセントとお墨付きは頂いている。でも『ほぼ』ってのが引っかかるぜ。



「お前ら武器を出して準備しろ。進むぞ」



 白藤先輩がこちらに振り返り、みんなが一度ボードに仕舞っていた武器を出していく。

 杖に棍棒、ナイフにグローブ。何だか昭和の学生運動を彷彿とさせるような見た目だ。

 そして、

 


「『コボルト出てくれ』」



 俺の召喚に応じ、昨日も見たコボルトが出現した。

 見た目に違いは見受けられない。いやちょっと毛が濃いか?

 同じ犬種の犬の見分けが難しいのと同じでそこは自信が持てない。



『ガウ!』



 小さく吠え、俺に頭を下げてくる。

 うん、忠誠心は高いようだ。

 


「よし、行くぞ」


「「「はい!」」」



 通路が少し広くなった以外は昨日と何も変わらない。

 踏み込む地面の感触もひんやりとするような空気感も同じままだ。

 相変わらず密閉空間は閉塞感と鬱屈としたものがあり、俺たちはそこを道なりに進んで行く。


 ふいに音がした。



「来るぞ!」



 白藤先輩の注意喚起に杖を持つ手に力を込める。

 


「これは……骸骨――スケルトンだ! しかも武器持ち!」



 三体のスケルトンが登場した。

 足取りはふらふらとしていておぼつかない。

 けれど二体はどちらもショートソードを携え、もう一体後方にいるのは弓矢持ちだった。

 

 二体はこちらに突っ込み、その後ろから番えられた矢が飛んでくる。

 びゅ、っと鈍い音がして矢という凶器が二体のスケルトンの頭の上を通り一直線にやってきた。



「ひょわっ!?」


「うわっ!?」



 思わず頭を抑え屈む。

 そのかいあってか矢は俺たちをさらに追い越して後方に落ちる。


 いきなりの難易度アップに体が震えた。



「弓はやべぇ! 俺があれを仕留める! お前らは他の足止めをしろ!」



 先輩がこちらの返答を訊く前にすでに走り出していた。

 命中率はさほど良くはないが飛び道具が厄介過ぎるのは即座に分かったらしい。

 すでに戦闘はなし崩し的には始まっていた。ぼうっとしている場合じゃない!

 

 左から回り込んで抜けようと疾走し、すれ違いざまにスケルトンの刃が撫でられる。

 それを膝を屈め身を低くして避け切った。そのまま先輩は二射目は撃たせまいと剣持ちを無視しそのまま突っ走る。



「ひぃぃぃぃ!!」



 その隙を熊井君が怯えながら棍棒で殴り付けた。

 殴打を食らいスケルトンの一体が吹っ飛ぶ。

 だが逆に熊井君の側面もまたそれで隙ができてしまう。

 

 もう一体いたスケルトンからショートソードが振り下ろされる瞬間、



『ガルルル!!』



 そこにコボルトが突っ込んだ。

 コボルトに腕を掴まれ首を絞められ懸命にしがみつく、

 骨だけで筋力が無いのか、そのおかげでスケルトンはヨタヨタとバランスを崩しながら熊井君を攻撃できないでいる。

 間一髪だ。



「熊井君は倒れてるやつを! 俺と雨宮さんはそいつをやる!」



 コボルトに抱きつかれ自由に身動きができなくなっているスケルトンの、剣を持っている右手をまず杖で思いっきり叩いた。

 がっ、と固い感触がしてそれで剣を落としてくれる。

 こうなればやりやすい。



「雨宮さん!」


「はい!」



 彼女はスケルトンの背後に回り、後ろから短剣で縦に斬り入れた。

 雨宮さんの力はそんなに強くないはずだが、短剣の威力のおかげかそれで背骨のいくつかが崩壊する。

 痛みがあるのか無いのか電撃を流し込まれたかのように痙攣したスケルトンは弓のように仰け反って後ろから倒れた。



『グルルルル!!』



 そこにコボルトがのしかかり素手で頭の部分を何度も殴ると、あっという間に破壊され蒸発していく。



「うわぁぁぁぁ!!」



 横を振り向くと情けない声を出しながらも熊井君がそっちのスケルトンと武器同士でかち合う戦闘を始めていた。

 何度かぶんぶんと振り回した時、スケルトンの手からショートソードが零れ、そのタイミングを見逃さず頭を上から盛大に叩き割りとどめとなる。

 


「はぁっ!」



 そして白藤先輩も見事な背負投げをスケルトンアーチャーに決めフィニッシュ!

 反省点が無い訳じゃないけど初戦のゴブリン戦とは打って変わってかなりスムーズに動けていた。



「や、やった……」



 ふぅと熊井君が一息吐いて緊張して強張った顔を解いていく。



「だいぶ様になってたじゃねぇか」



 一人飛び出した白藤先輩も合流だ。

 あそこで飛び出した判断の早さには本当に瞠目する。

 命中しない可能性もあったが、向こうはフレンドリーファイアを恐れない戦い方だったので、たぶんまともに剣のスケルトンと真正面でやり合っていたら矢の一本ぐらいは誰かに刺さっていたかもしれない。

 HPという防御膜のおかげで即死はないまでも痛みは感じるし、それはさすがにまずかった。

 

 

「武器持ちっていうのでドキっとしましたけど、骨だけあって肉が無いせいか鈍くさい感じでしたね」


「うん、これならホブゴブリンの方が怖かったかも」



 熊井君からそんな発言が飛び出すとは成長したなぁ。

 


「私も抑えてもらえば何とかなりました!」



 今まではほとんどが後ろで見ているだけだった雨宮さんも攻撃に加わってくれるとパーティーが機能しているって感じがするし、相当に楽だった。



「よっし! 次行くぞ次!」



 気を良くした先輩がパシンと手のひらに拳骨をぶつけて勢いづけた。



□ ■ □



「おらもっと狙え! 全然当たってねぇぞ!」


「いやこれ無理ですって! 完全に遊ばれてます! 痛っ!」


「はぁ……はぁ……僕は疲れてもう腕が上がりません」



 さっきまでスケルトンたちを倒して浮かれていた自分に言ってやりたい。

 あんまり調子に乗るなと。

 現在、次の戦闘で絶賛手こずり中だった。



『キキィィーー』



 バサバサと小さな羽をバタつかせ器用にこの室内を飛び回る――コウモリが相手だった。

 天井に逆さ吊りになっていたそいつらが頭の上から攻撃してくるのはなかなかに厄介でどうしようもない状態が続いている。

 

 やってくる噛みつき攻撃自体は噛まれても「痛っ!」で済むのだが、まず羽音がうるさくて集中できず、そしてこっちの攻撃が当たらなかった。

 たぶん超音波的なやつを出して回避しているんだろうけど、これは大変だ。

 佐々木小次郎も燕を相手に修行したというエピソードもあるぐらいで、小さな飛行物にダメージを与えるのはとてつもない難事だということを身を以て知る結果となっていた。

 


「くそおっ!」



 力まかせに杖を振り回してみるも、くるりと優雅にやっぱり躱される。

 しかもこの腕を振り上げ頭上の敵を狙うというのはけっこうな体力がいた。

 すでに腕はパンパンで乳酸がいっぱい出ている。明日は筋肉痛だぞこれ。

 一応、四体出てきてその内の二体は熊井君の『スマッシュ』による空振りで起こった風にまくられ落ちたやつと、俺の杖先がまぐれ当たりで当たったやつを倒してはいた。

 でもそれからは一向に成果は梨の礫だ。


 地味にHPとMP、さらに体力がかなり削られていた。

 まさかコウモリという弱そうな相手にここまで苦戦するとは思いもしなかった。



「くそうぜぇ! こっちには寄ってもこねぇ」



 リーチが短いがためにカウンターで待ち構えていた白藤先輩にはほとんどコウモリからのアタックは無い。

 蚊と一緒で好きな血液型とかでもあるんだろうか。


 それはともかく、



「もうこれ雨宮さんの魔法使っちゃいましょう! 延々と繰り返しても仕方ないですよこれ!」


「しゃーねぇな。雨宮やってくれ」


「分かりました! 『ブラホ』『ブラホ』」



 コウモリ二体に暗闇が生まれる。

 よしこれで何とかなる! と思いきや、



「全然変わってないんだけど!」


「私、思ったんですが、超音波を使っているなら視界が見えなくてもあんまり意味無いんじゃないでしょうか。そもそも暗いところにいる生物って視力無いんじゃ……」

 

「それだ!」



 それだじゃない! 自分で雨宮さんに使わせておいて突っ込んでる場合でもない。

 無駄なMPを使わせるだけに終わってしまった。

 ごめん!



「新堂君どうしよう? 無視して進む?」


「いや挟み撃ちされた場合が怖い。ここで倒さないと先に進んでいる場合じゃないね」



 熊井君の提案は却下する。

 これはもうどうしようも無いな。



「先輩、撤退しましょう! 現状、まともに打つ手がありません!」



 一番背が低いコボルトも所在なさげになって尻尾がだらんと垂れているし。



「けっ! 序盤も序盤だってのによ! あー、仕方ねぇか。退くぞ!」



 口惜しそうだったが、これ以上はどうにもならないと諦めてくれる。

 記念すべきダンジョン探索一日目はそうして急き立てられるように逃亡し、おけらで幕を終えた。

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