最後の艦隊

七野りく

プロローグ

 昭和二十年八月十五日。広島県呉軍港。

 かつて、ここを母港にしてた幾多の艨艟は、今やその姿はほとんどなく、軍港内には寂しい光景が広がっていた。

 昨年、奇跡的に成功したフィリピン、レイテ島への殴り込みの結果、日本海軍は世界戦史上、最大の勝利を得――壊滅したのだ。

 現段階でも活発に動き回っているのは、レイテ戦後、遊撃部隊兼囮としてシンガポールに残存し、未だ英海軍を拘束している戦艦『金剛』『榛名』以下の高速水上打撃部隊のみ。先々月も、ペナン島沖にて、英駆逐艦部隊を全滅させたのは記憶に新しい。英海軍は翻弄され、神経を尖らせている。

 他、レイテでの敗北に混乱する米軍の隙をついて、自らも輸送艦となり石油を確保、今は日本海の舞鶴に疎開中の第三艦隊――日本海軍最後の機動部隊も、全力出撃可能な燃料を確保している。……九州地区で奮戦する第五航空艦隊に一個任務群を潰されてもなお、一千機以上の艦載機を有する米機動部隊相手では、何も出来ないに等しいが。

 目の前で、ゆっくりと巨艦が動き始めた。敬礼。それ以外に、今更、何が出来ようか。

 彼等が、ここに帰還することはもうない。……ないのだ。

 桟橋で歯を食い縛りながら、同じく、敬礼をしている上官へ呟く。


「……この任務に、意味があるのでしょうか? 確かにかの地には――沖縄は一両日中に、暴風圏内に入るでしょう。それにより、敵機動部隊の動きは封殺されます。ですが」

「戦艦には戦艦、をだろうな。そして、レイテで旧式戦艦群の過半を潰しても、奴等には新鋭戦艦群と、大西洋から回航した残りの旧式戦艦群がある。幾ら『大和』でも……数の暴力には勝てない」

「ならば!」


 上官相手に声を荒げかけた私は見た。

 日本海軍第二艦隊旗艦『大和』艦上に瞬く発行信号。呉基地への返信だ。

 

『かたじけなし。我、故国の再興を信ず。サラバ』


 故国の再興……だと?

 心に激情が走る。

 本来、それを成し遂げるに必要な人達が死に、この後に及んで身の保身に走ってしまっている私達のような人間が生き残る。人の世とは、なんと、なんと……。 


 ――額に雨粒が落ちて来た。嵐は確実に近づいている。


※※※


 呉基地を出撃した日本海軍第二艦隊は、未だ衰えぬ戦技を披露するかのように、艦隊陣形を整えた。

 艦隊編成は以下の通り。


第一戦隊:戦艦『大和』『長門』

第五戦隊:重巡『妙高』『羽黒』『足柄』『那智』

第八戦隊:重巡『利根』『鈴谷』

第二水雷戦隊:軽巡『能代』『矢矧』

駆逐艦:『島風』

『浜風』『磯風』『雪風』『天津風』

『浜波』『沖波』『長波』

『朝霜』『清霜』『秋霜』

『霞』『初霜』『響』


 この他、『武蔵』はレイテ沖の傷が癒えないまま入渠中。『信濃』は舞鶴に疎開中の第三艦隊旗艦。他内地には防空戦艦化された『山城』『扶桑』『伊勢』『日向』といった艦も残存していたものの、最早、動かす燃料はなく、各港で浮き砲台となっている。

 つまり……これらの艦が、かつて世界第三位の威容を誇った、大日本帝国海軍の掉尾を飾る水上打撃群なのだった。


 艦隊は陣形を整えると、速度を上げた。彼等は本物の『嵐』を届けなければならないのだ。

 

 ……たとえ、行く手に如何なる相手が待ち受けようとも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る