第7話 easy living


あの実習の当日、取り敢えず笹は採取して行ったけど、赤木さんが持ってきた笹とバランの前には完全に霞んでしまっていた。


というよりも、先生でさえ絶句していた。何せ、


「こんなにいい物をこんなにたくさん出してもいいの」


という言葉が飛び出したくらいだ。


当の本人は、


「庭にたくさん生えてるんで大丈夫です」


と言い切った。ある意味においては羨ましい限りだ。


で、結局何に使ったのかと言うと、そうめんだった。料亭で出すかのように盛り付けを整えるためにそうめんは端を縛って茹でたりとか、その下に笹やバランを敷いたりだとかで。


当然、大きな笹やバランは大活躍だった。


俺がその日何をしていたのかというと、めんつゆを作っていた。出汁からとって、味を整えて、と。


でも、後から振り返るとあの笹やバランばかりが印象に残っていて味の印象が、ね。悪くなかったとは思ってるんだけど。しいて言えばめんつゆがちょっと薄かったかもしれない。


俺個人としては好みなんだけど、人にすれば薄いらしい。


さて、あの実習の話はここまでだ。ここからは次の次の実習について出された課題についてだ。


「創作レシピです。課題はパスタともう一品。これを前期の実技試験とみなします」


これを聞いた瞬間思ったことは一つ。


『俺の時代が来た』


だった。


これについては単純で、自衛官時代に手打ちパスタにはまって自作するためにレシピ本を買っていたからだ。ベースになるものを選んでアレンジしたりすればいい。


自作してた頃にパスタマシンがなかったから讃岐うどんもびっくりなコシと太さのある麺になったのはご愛嬌。ニョッキにしたときは全ての調理が終わるまでに5時間もかかった。


まぁ、麺からの自作は勧めない。時間内に終わらないから。


「どうします、検索してみますか?」


と、青山さん。


「いや、今日すぐにじゃないだろう。俺、パスタとかのレシピ本持ってるから今度持ってくるよ。空いた時間で検討しよう」


「いいですね。それ、パスタだけですか?」


「サンドイッチとおかずのがある。一応、参考になるかもしれないから全部持ってくるよ」


話はとんとんと進み、青山さんのバイトが休みの明後日の放課後に検討することになった。



























検討当日。


その日の授業が全て終了した後に空いている講義室に班の全員で移動し、確認をすることに。


「じゃ、これね」


本を差し出し、おかずを含めて確認していく。パスタがどうしたって西洋料理になるから、たとえ和風パスタにしたとしても和惣菜を合わせるのは難しそうだった。


パスタ食いながらお浸しを食べるのかって話だからな。


だからこそ、味付けが和風であったとしても『サラダ』と名のついたものがいいだろう。あくまで和に拘るのなら、だけど。


ただ、俺としてはパスタだけは和風かさっぱりしたものにしておいたほうがいいと思っている。


「先生の好みに合わせるんならこってりとしたものは避けたほうがいいと思ってる」


「あー、ですねぇ」


こういった個人が審査を勤める形式の場合、それそのものの完成度も当然だけど、審査を担当する人の好みというのも大事になってくる。勿論、個人の好みというフィルターはこういった審査においては排除すべきだけど、人間である以上、そこから完全に逃れることはできないと思っている。


「それに、少量ずつとはいえ、全10班分の料理の審査をする必要があるわけだから、それはそれでインパクトも必要だろうけど、そこは逆張りしてもいいと思ってる」


「どうしてですか」


それまで口を閉ざしていた安達さんが言った。


「大体のところが若い子だけだから。多分、レシピ投稿サイトか何かのわかりやすい派手めな奴が出てくるよ」


「なるほど。裏を読む、と」


「そこまで大仰な話じゃないけどね」


そんなわけで事前に軽くあたりをつけていたものを提示してみる。


「ぺペロンチーノ、きのこのバター醤油、トマトのカッペリーニあたりがいいと思ってる」


「あ、ごめんなさい。唐辛子苦手なんでぺペロンチーノ外してもらっていいっすか」


青山さんに速攻で否定された。まあ、しょうがない。


「じゃあ、そこは外すとして、きのこのバター醤油は単純に和風ベースの味付けになるからいいかなって思ってる。カッペリーニは色物枠かな。冷製パスタを出す班がいないことを願うパターンかな」


「それ、きのこで決まりじゃありませんか」


「材料費のことも思えばこれくらいが無難だと思ってる」


付け加えるなら、見た目と材料で過度の冒険をしないこと、というのも含まれている。


他のやつ、納豆とかカニとか材料が色んな意味でアグレッシブなんだよ。


「じゃ、パスタはそれにしてもう一品決めちゃいましょーよ。うち、さっさと帰りたいんで」


かったるさを隠そうともしないのは青山さん。この子の積極さはこういうところに起因してる。正直、苦手なタイプだ。


「その辺、赤木さんどうかな。何かいいの見つかった? 」


「この辺とかいいんじゃないかなって思うんですけど」


差し出された本には付箋が貼られ、それぞれのページがポテトサラダとトマトとオクラのおかか和えになっていた。


「トマトはトマトソースのパスタが他の班で出そうですよね。ポテトサラダがいいと思いますけど」


と言うのは安達さん。


「でも、そのままいくとパスタと同じ色になっちゃうから何かしら入れないとだめですね」


「なら、ハムとかにする? 一応、赤系統の色だし、パスタのほうには肉も魚も入らないから材料被りもないだろうし」


「いいですね。材料はどうします、家にあるんならそれを持ってきますけど」


一応、この実習についてはパスタのみ学校側で用意してくれる。つまり、他の材料については自前で用意することになる。


「ジャガイモは持ってる。大体ストックしてあるから実習のときでも問題なく出せるはずだよ。他については前日あたりに買いに行く方針でいいんじゃないかな」


材料全般はシンプルだし、オリーブオイルだって部屋に常備してる。後はきのことハムくらいだ。それくらいならたいした値段にもならない。後々精算するにしても、一時的に立て替えてもそんなに痛くない。


それに、大学近郊に住居を構え、車を所有することで物資の輸送能力を有し、フットワークも軽い、となると自分しかいない。つまり、買出しに行くのは自分だ。どうせ買い物には定期的に行くんだから、一緒に買いに行けばいいのだ。多少自分のところから持ち出しがあったところで何の問題もない。


「じゃ、今回の買出しは俺が行こう。一応、事前に自宅から持ち出せるものがあるんなら申告してくれると助かるけど」


内容が決まり、提出用のレシピの記入が終わったところで解散となった。


あ、誰かの連絡先くらい聞いておかないと色々困りそうだな。



























結果、赤木さんの連絡先を聞き出すことに成功した。メールアドレスと電話番号を訊いたときにはめんどくさそうな顔をされてしまったが仕方ない。


俺は未だにガラケーユーザーだし、定番の無料通話アプリについてはあまり使いたくないので。


取り敢えず、今回の買出しについては何処でも売ってるようなものばかりだから連絡するような事態にはならないだろうけど。


尚、俺はこの数ヵ月後に全粒粉を求めて夜中に近隣のスーパーを制覇することになる。


落ち着いたところで山野さんを見かけた。珍しい。普段は図書館司書の講座とアルバイトで放課後は残ってることなんてないのに。


折角だし、他所の班のパスタ事情について探りを入れてみようかな。


「山野さん、お疲れ様です」


「ああ、江波さん、お疲れ様です」


「珍しいですね、山野さんがこんな時間に残ってるなんて」


今日は司書の講義はなかったはずだ。あったら安達さんがあんなにのんびりしてない。


「今日はちょっと学生課に用事があったので」


「成程」


ここらで切り出してみよう。


「そういえば、山野さんの班って課題のパスタどうなりましたか」


切り出してみたものの、山野さんの表情が渋い。


「どうしました」


「いえ、わからないんですよ」


聞こえてきたのはとんでもない言葉だった。俺たちの班で提出用のレシピを記入したが、あれ、一応事前の提出が求められている。調味料とかで学校が用意するものもあるので、事前にそのあたりを掌握しておくためだそうだ。


「決まってない、とかじゃないんですよね」


「決まってるとは思うんですが、話し合いが全てアプリ内で完結してるらしくて知らないんですよ」


因みに山野さんは例の無料通話アプリについては運営している会社が信用できないということでスマホユーザーでありながら使用していない。よって、話し合いがそこで終わってしまっていて、そこで止まってしまうと何も出来なくなってしまうのだ。


聞けばいい、と言われるかもしれないが、山野さんの班の子たちは完全に内輪でグループになってしまっているから、年上の男性で歩み寄りのない奴のことなんざ知らぬ、という感じだ。そのために例のアプリをインストールしろ、なんて言えないしなぁ。


そうやって考えると俺は本当に恵まれてる。


ああして共有してくれるし、顔を突き合わせての話し合いっていうのをそれなりに重要視してくれてる。


「取り敢えず、何をするかわからないんで、パスタに使えそうで家にあるものは当日全部持っていこうと思ってます」


尚、山野さんの班は結果的にこの行動に救われることになる。


「えーと、帰りましょうか」


「そうしましょう」


俺たちはバス停で別れてそれぞれの家路に就いた。俺は徒歩、山野さんはバス、だ。



























* * * * * * *



後書に相当するもの



サブタイトル:

1999年放送のテレビアニメ『無限のリヴァイアス』の劇中で使用されていた楽曲。作曲は服部克久。雑多な感じが日常というものを表現している作中でもお気に入りの楽曲。サントラ自体聞き込む価値あり。

本編も面白いが、少しばかり人を選ぶ。全てを乗り越えて迎える最終話は素晴らしい。




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