第27話 後輩…⑤

 じーっと、見るのは失礼だろう。


 普通であればそう考えるのだが、コミュ症であるほのかは違う。


 ひ、ひぃー‼︎という気持ちから、スッと視線を外す。


「………」


 ほのかのそんな態度は見る人からすれば、プイッという効果音が聞こえてきそうな、そんな態度に見える。


「……?」


 そんな態度に見えた男子生徒は、不思議そうな表情かおをしながら、ほのかに尋ねた。


「あ、あれ?相談部って、ここだよね?」


 右手を後頭部にあてながら、おっかしぃなぁ。と、呟く男子生徒。


「え、えぇ…。そうです…けど」


 尋ねられてしまったのだから、答えるしかない。恐る恐るではあるものの、ほのかは何とか返事を返した。


「い、いや、怪しい者じゃないから。だから、そんな警戒しないでくれ」


 男と女が教室で二人っきり…警戒しない方がおかしいのでは?と、思うほのか。


「……それで、ご用件は何でしょうか?」


 警戒しつつも、ほのかは来た目的を尋ねた。


「あ、あぁ。メールしたんだけど、なかなか返事がこないからさ」


「わざわざ来て頂いて、すいません。たくさん相談がきていまして…確認不足でした。すいません」


 勿論、嘘である。


 いや、メールがたくさんきているのは本当の事であり、まだ確認を一通もしていないのだから、確認不足だというのも本当の事なので嘘だとは、一概には言えないのかもしれない。


 まぁ、嘘か本当かこの男子生徒には分からない事なので、どちらでもいい話しなのだが…。


「そっか。忙しいんだね」


「……え、えぇ」


 申し訳なさそうにする男子生徒を見て、罪悪感が増すほのか。


 自然と、うつむいてしまった。


 見る人からすればそれは、落ち込んでいるように見えてしまう。


「………!?」


 シュン。と、聞こえてきそうな態度のほのかを見て、男子生徒は慌てて声をかけた。


「あ、いや、責めてるわけじゃないから!そ、それよりも、今は大丈夫なの?」


 どうやらこの男子生徒は、いい人らしい。と、内心ホッとしながら、新ためて男子生徒に目を向ける。


 見覚えはない。


 あまり交友関係が広くないからなのだろうか?それとも、た、達也君しか、目に入らないからだろうか…♡


「………!?」


 そんな事を考えながら顔から下へと視線を落としたところで、慌てて頭を下げる羽目になってしまった。


「し、失礼、しました」


 緑色の上履きを履いている男子生徒。


 緑色の上履きは上級生である証。


 つまり、男子生徒は上級生だったのだ。


 男子生徒が教室に来た時の事を思い出し、自分の態度を新ためて振り返ると、赤面せずにはいられないほのか。


「あぁ。いいよ。いいよ。上履きを見ないと分からないんだからさ」


 日常茶飯事とまではいかないが、校内ではこのような事(学年を間違えてしまう事)がよくある為、男子生徒は特に気にしなかった。


 中学の頃は、制服の胸元にプレート式の名札を付け、その色で学年が判ったものだが、高校生にもなると、ダサいからなのかは分からないが、名札ではなく(というより、名札は付けない)上履きの色で判断するようになっている。


 勿論、我が校は、と、付け加えておこう。


 ちなみに、ほのか達の上履きは青で、上級生は緑、下級生は黄色であり、上級生が卒業したら次の一年生が緑色と、この三色のローテーションで学年を表している。


「…本当に、申し訳ありません」


 タメ口を使ったわけでもなければ、変な態度を取ってもいない。しかし、視線を逸らしたりとした事に関しては、駄目だったのではないか?と、考えたほのかは再度 謝罪するのであった。


 静かな部室内にて、壁時計の針の音だけが、響き渡る。


 決して、壁時計が壊れているからではない。


 静かな空間だからであり、会話などをしていたら気づかない程度の音だ。


「…………」


「…………」


 チクタク、チクタク、チクタク。と、壁時計の音が鳴る。


 何か喋らなくてはと思うものの、コミュ症であり、相手は上級生であるということが、ほのかを委縮させてしまっていた。


 また、男子生徒は男子生徒で、どう切り出すのかを悩んでいるようであった。


 無言のままの空間…その時であった。


 コン。コン。と、部屋の扉を叩く音がしたのであった。


 た、達也君…♡


 流石に今度こそ達也だろうと、ほのかは考えた。


 口元が緩みそうになるのを必死に抑え、ほのかは入室の許可を出す。


 ガラガラ。と、ドアが開く音。


 部室に入って来たのは、達也であった。


 ーーーーーーーーーーーー


 おぃ。おぃ。


 一体、何があったというのだろうか。


 そんな事を考える達也は、ドアを締めながら小さく深呼吸をする。


 自販機に飲み物を買いに行き、帰って来たら知らない上級生が立っていた。


 立っていた…だと?


 なぜ、立っているのだろうか…座らせられない理由でもあるのだろうか?


 たまたま、偶然、自分が部屋に入る直前に部屋に入ったのだろうか?


 だとするならば、つじつまは合う…か。


「ぶ、部長…こ、これ」


「あ、ありがとう…」


 知らない人、しかも上級生。


 コミュ症の二人の会話は、かなりぎこちないものであった。


 スッと、自分の席に着く達也。


 決して、上級生とは目を合わせようとはしなかった。


「達也君」


「は、はい」


 勿論、そんな対応をする達也を見逃すほのか、いや、部長ではない。


「挨拶って、ご存知かしら?」


「……⁉︎しょ……存じ上げております」


 紹介って言葉を知ってるか?と、言おうとする達也であったが、ほのかの有無も言わせない目つきを見てしまい、断念する事にした。


「え、え〜っと、二年の桐原達也っす」


 右手で後頭部をかきながら、仕方ねーなー。みたいな態度の達也。


 普通であれば、目を合わせて!とか、立ちなさい!とか、注意するところなのだろうが、コミュ症であるほのかは違う。


 あ、挨拶…できる…ですって!?


 注意された事に対し、意図も簡単にやってのけた達也を見て、そんな事を考えるのであった。


「どうも。三年の緑川 洋輔みどりかわ ようすけです。宜しく」


「…どうもっす」


 ニッコリと微笑む緑川を見て、頭だけ下げて挨拶を仕返す達也。


 少しした後、達也は頭を上げ、どうなってる?と、ほのかにアイコンタクトをとった。


 どこの誰で、どうしてここにいるんだ?という意味のアイコンタクト。


 勿論、どこのは、この学年の三年生であり、誰かは、緑川という生徒なのは、今ので分かっている為、用件は何だ?という事だけを聞きたかったのだが…。


「同じく、二年の佐倉ほのかよ。部長をやらせてもらってます」


 達也のアイコンタクトは通じず、何故かほのかは自己紹介を始めるのであった。

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