「ルナの願い」

そうして通された部屋は、

ジョン太も知っている場所。


寒い室内、箱の中で眠る人。


機械のモニターの中で

今もかすかに動く線や数字を見つめ、

ルナはため息をつきました。


「私は本物の『ルナ』の細胞から作り出され、

 医療用の人間として育てられたクローンなの。

 …まあ、数年も経たないうちに空間の事故が起きて、

 医療用ロボットによって図書室でずっと育てられてきたけどね。」


そう、この場所こそが

本物の『ルナ』のいる部屋。


「ここで私は学習をし、

 いずれは彼女の体になるために生きている。

 この箱は私の体に彼女の記憶を移植するための装置なの。」


そうして誰もいない空っぽの箱に近づくルナに、

ジョン太はたずねます。


「じゃあ記憶を移された君はどうなるのさ。」


それに対し、ルナは首をふります。


「いなくなる。学習した経験は彼女のものになり、

 私という存在は無くなってしまう。

 そのために生まれてきたのだから当然だよ。」


どこか切なそうな顔をしながら、

開いた箱のふたを閉めるルナ。


「…私の最初の記憶は砂の記憶、

 歩く部屋のどこもかしこも白い砂だらけで、

 ひどいところは天井にまで届いていた。」


足元に散らばる砂。


白っぽい砂は薄く床に広がっていて、

そこにジョン太とルナの足跡だけが点々と付いています。


「人なんて誰もいなくて掃除ロボットだけが動いていて、

 あとで死体もロボットが片付けていたことがわかったんだけど、

 外と連絡も取れず、私はずっと図書室と彼女の部屋を往復して、

 自分のするべき仕事を知ることがやっとだった。」


前を向くルナ。


その視線の先には、

本物の『ルナ』のいる箱。


「居住区の砂はこの10年でだいぶん外には出せたわ。

 でも砂はいまだに空間の隙間からわき出して室内の機械を壊している。

 正直、この部屋まで砂に侵食されているとは思わなかった。

 …だからね、ジョン太。」


ルナはパトリシアを床に置くと、

ジョン太のボトルに目を向けます。


「彼女の体を治して欲しいとまでは言わない。

 どの医者もさじを投げたのだから、

 治せる病気ではないことはわかってる。」


ジョン太に近づき、両手をにぎるルナ。


「でも、せめてこの装置だけは直してあげて、

 それはパパとママの…ううん、この島の

 最高責任者であった彼女ルナの両親の願いでもあるのだから。」


…ジョン太はルナの言葉にどう答えたものか迷います。


でも、これは一人で解決出来る問題でないことは

ジョンもわかりきっていました。


だからこそ、泡の妖精に相談しようと、

どんな願いでも叶える妖精に聞こうと、

ジョン太は手に持ったボトルを押してみることにしました…

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