「エリア3の壊れたロボット」

『…こういう場合、もっと早めにわたしを呼んだ方がいいですよ。タイミングによっては間に合わないこともあるんですからね』


 停まったエレベータの中で、ベシュベシュと泣くジョン太。その横で泡の妖精スキューマはため息をつくと泡で出来たキーボードを操作します。


『エリア3』と壁に書かれた広いフロアの中央で動かないエレベータ。


 床にはむき出しのコードや機械が見えており、そこからはみ出るように一本の泡で出来たコードが伸びていて、スキューマの操作しているキーボードへとつながっていました。


『はい、終了』


 ポチッとスキューマがキーを叩くとガラスのドアが音もなくスルスルと開き、ジョン太は難なく外へと出ることができます。


『エレベータのシステムを乗っ取りましたから、本来ならどこへでも行くことができますが…どうします、このまま必要な場所まで動かしますか?』


 スキューマがコントロールを奪ったエレベータを見ますが、外に出たジョン太はつかれた顔で首をふりました。


「いや、自由にしてあげて。元はと言えば、僕がこの建物でちゃんと認証を受けていないから、こんな面倒なことになっちゃったんだし」


『ふーん、お優しいことで…』


 眉毛をへの字に曲げながらスキューマはキーボードを操作し、するすると泡のコードをキーボードに戻します…と、同時に無人のエレベータは再び動き出し、ゆく当ても無い様子で通路の奥へと姿を消しました。


『で、今後はどうするおつもりですか?お願いは【この箱を止めて】でしたけど、話を聞いた感じだと、あなたはこの建物を未だ自由に動ける状態にあるとは思えませんよ?』


 ジョン太は「別に大丈夫」と答えます。


「ここがエリア3なら、僕の登録手続きができる場所なんでしょ?ぱぱっと済ませちゃえば問題ないはずだよ」


 顔を上げるジョン太の視線の先には壁面に書かれた『エリア3・中央事務局』の大きな文字、広い役所のようなフロアには何体かの受付用ロボットが明滅するライトの下でたたずんでいる様子も見受けられます。


「案内ロボットもいるし、パトリシアの居場所も聞ければ一石二鳥じゃん?」


 下を向き続ける陰気な女性ロボットを見やりながらジョン太はのんきな言葉をかけますが、泡の妖精は『そうですかねえ?』と、どこか不満げです。


『何ぶん、この建物はどこもかしこも故障している感じがします。さっきの件で、ざっと建物内のシステムをのぞいてみましたが八割以上のロボットが壊れているみたいですし、あんまり信用しないほうが…』


 しかし、ジョン太はスキューマの忠告も聞かず、近くにいる受付ロボットに話しかけます。


「僕の登録手続きをしてくれない?あとパトリシアって犬も探しているんだけど、どうしたらいいかな?」


 すると、受付ロボットは関節からパラパラと砂を落としながら片手を上げます。


『か、顔認証の手続きは、は、右手奥の3−1へお願いします、す。番号を、お、お呼びしたら、ら、案内に従ってください。』


 ついで受付ロボットが渡してきた紙には「3&$F」というどう読んでもいいかわからないような番号が書かれており、受け取ったジョン太はぼうぜんとします。


『ほら、こんなのどうしていいか分かんないでしょう?ここはさっさとボトルを押して、追加の願いでこんな場所とはおさらばしたほうが良いですよ?』


 言いながら、スキューマはジョン太の持つボトルを指さしますが、ジョン太は首を振ると呼ばれるよりも先に『3−1』と書かれた受付へと歩き出します。


「大丈夫だよ、ちょっと壊れてるぐらい何ともないって」


 それを聞いたスキューマはぷうっと頬をふくらませました。


『んー、もう知りませんよ。忠告はしましたからね、さよなら!』


 そう言って、スキューマは空気に溶けるようにして消えてしまいます。

 …再び、ひとりぼっちになってしまったジョン太。


 でも正直、ジョン太にとってこれ以上泡の妖精の消費は避けたかったのです。


 今回は緊急で1回分の願いを使ってしまいましたが、こんな調子であと99回もお願いをし続けたら、あっという間に中身がなくなってしまいます。


 今後、何が起こるかわからない以上、本当に困った時を除いてはボトルの回数をなるだけ温存しておきたいとケチケチとジョン太は考えていました。


「大丈夫。きっと何とかなるさ」


 広いフロアの中で、天井のライトがチカチカと点滅します。

 肌寒い室内、ジョン太はそう強がりをいうほかなかったのでした。

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