「本物のジョン太は僕である」

 遺跡を移動するパトリシアを必死に追う六人のジョン太。ですがパトリシアの足は早く、あっという間に遺跡の奥へと消えてしまいます。


「そんなあ…」


「パトリシア…おお、戻っておいでよ」


「シクシク…」


「泣くなよ、僕だって泣き出したいんだから」


 情けないことこの上ないですが、六人のジョン太はそれでも諦めきれず、パトリシアが消えた辺りをとぼとぼと歩いていきます。


 …その時、一人のジョン太が通路の壁に妙な穴を見つけました。


「あれ、さっき来た時にはこんな空間なかったはずなのに」


 それは、この遺跡のさらに下。

 地下へと続くゆるい傾斜の通路。


 通路の入り口周囲には前から生えていたであろうコケやツタが引きちぎられた跡があり、つい今しがたこの遺跡の石が動いたとしたらこんなふうになるんじゃないかしらと立ち止まったジョン太は、ぼんやり思います。


「何だ、何だ?」


「どしたどした」


 立ち止まったジョン太を見つけ、数人のジョン太たちが集まってきましたが、そのうち一人が足元の石を指さして声をあげます。


「見て、この石の模様とくぼみに覚えはない?」


 すると数人のジョン太が「あっ」と一斉に声を上げました。


 …それは、ジョン太が島に上陸してから時間が経たないうちに見つけた宝箱。

 そこに刻まれた模様が、この石に刻まれた模様とよく似ていたのです。


 思えば、宝箱もくぼみにパトリシアが手を通したことで開きました。

 案外この通路もパトリシアの手によって開けられたものなのかもしれません。


「…いやいやいやいや、そんなまさか」


「でも、あの宝箱に入ってから、確かに記憶があいまいなんだよなあ…」


 ざわめくジョン太たちでしたが、そのうち一人がポツリと言いました。


「とりあえず中に入ってみようか。パトリシアが中にいるんだとしたら何かわかるかもだし」


 その言葉にほぼ全員のジョン太がコクコクとうなずくと、みんな一列になり、薄暗い通路の中を進んでみることになりました。


 歩き出すと、六人といえどもジョン太たちはおびえ始め、気を紛らわすために列の真ん中の一人がこう話しだしました。


「ねえ、さっき宝箱に入っていたとかみんな言っていたけれど、僕は森の宝箱から出たんだ。君は?」


 すると、後ろから二番目のジョン太がびくつきながら答えます。


「…えっと、僕は川の近く。朽ちかけた木のそばの宝箱だった」


 それに対し、一番最後尾のジョン太が驚いた声をあげました。


「え、僕も川のそば。でも、君の宝箱は見なかったよ」


 すると、一番先頭を歩いていたジョン太が首をかしげました。


「変だな、じゃあバラバラの時間に僕らは宝箱の中から出てきたのかな…僕は、壊れかけた船の中の宝箱だったけれど」


 その言葉に、前から二番目のジョン太も慌てて声をあげます。


「え、僕は森にあった宝箱から出たけれど。しばらく島の海岸線を歩いてみても、同じような宝箱は一つも見つからなかったよ。広場にみんなで集まった時にも、その後の役割で家づくりのジョン太から海辺に落ちていた板や釘の話は聞いたけれど、宝箱の話なんて一度として出てこなかったし…」


 それに対して声を上げたのは一番最後尾のジョン太。


「じゃあ、宝箱は僕らが出たあと、しばらくして地面の中に消えていったとか?でも、誰が何の目的で…」


 何だか怖くなってきたジョン太たちはしばらく口をつぐみます。


 …そもそも何でジョン太たちはこんなに増えてしまったのでしょうか。


 砂浜の宝箱に入るまでの記憶は全員ありましたが、そこから出てきた時の記憶はそれぞれ曖昧で、その記憶の曖昧さが、さらに恐怖感をあおります。


 通路の足元はいっこうに暗くならず、よく見ると淡い燐光を放つコケがまばらに生えていて、それが灯りとなっているようでした。


「…ま、まあパトリシアならどれが本物の僕かわかるはずだ。考えるまでもなく僕が本物だろうけど」


 先頭のジョン太が怖さをまぎらわせようと小さく笑うと、真ん中のジョン太がその言葉にムッとして言い返しました。


「何言っているんだよ。僕が本物に決まっているじゃないか」


 すると、最後尾のジョン太も負けじと声をあげます。

 

「待ちなよ。僕は隊長をしていたジョン太だぞ。僕こそ本物にちがいない」


 途端に、前の列からヤジが飛びます。


「んなわけあるか、」


「そうだそうだ、ジャンケンに勝っただけのくせに!」


 そうして、全員が狭い通路でわいのわいのとケンカになりそうになったとき、ふと一人のジョン太が声をあげました。


「まって、床が動いているよ!」


 その言葉にみんながハッとして足元を見ると、確かに歩いているわけでもないのにスルスルと全員が前へと進んでいるようです。


「え、なにこれ」


「歩く歩道?」


「それにしてはちょっと早いような…」


 グングン進む足元にジョン太たちは必死に後ろに歩こうとしたり、意味もなく踏ん張ったりしますが、そのうち先頭のジョン太が声をあげました。


「まって、前方に岩壁がある。このままじゃあぶつかっちゃうよお!」


 途端に全員真っ青になって前を向きます。


 そう、目の前は岩壁。

 しかも自分たちはそこに向かってグングン近づいていくのです。


「ぶつかったら?」


「ただではすまないでしょ」


「死んじゃうの?」


「ああ、僕は本物のジョン太です…お願いですからお許しください」


 パニックになり、どこの誰かもわからない神に祈って命乞いをするジョン太もいますが勢いそのままに一行が壁にぶつかるかと思った瞬間…ふいに、壁が左右に開いたかと思うとジョン太たちはそのまま冷たい床にパタパタと倒れていきました。


 固いように見えた床にはクッションが入っているらしく、幸いにして、倒れたジョン太たちはケガ一つしていません。


「う…ここは…」


 一人のジョン太が起き上がると、目の前の光景に驚きます。

 …そこは、まるでプラネタリウムのような星でいっぱいの空間でした。


 足元の床には広い海。

 その中心部には月明かりに照らされた島と周囲をうずまく分厚い雲が見えます。


 海岸以外は森が大部分を占めているその島に、ジョン太は見覚えがあるような気がしましたが、それ以上に部屋の中央にいる一匹の白い犬に目がとまります。


「パトリシア!」


 夜空に浮かぶフカフカした赤いベルベットの椅子。

 玉座のような椅子に座る、今や汚れひとつない真っ白な犬。


 …ジョン太の愛犬パトリシアの姿がそこにはありました。

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