「ジョン太、ジョン太から逃亡する」

 仕事の疲れから大声で泣く『編み物係』のジョン太たち。

 …木陰からその様子を見ていたジョン太はそっとその場から離れます。


 手には歪なカゴ…そう彼は『採取班』として仕事をしていたジョン太でした。

 しかし、彼は自分のカゴを一瞥すると近くの草むらに捨ててしまいます。


 ついで草むらに隠れると息を殺し、目の前を歩く『パトリシア捜索班』の姿を見送ります。


 先をゆく彼らの顔にはひどく疲れたような表情がうかび、今日の成果が無かったことがうかがえましたが…それは『元・採取班』であった彼にとっては好都合なことでした。


「そうだ、僕一人が抜けても他の誰かが仕事をやってくれる。なにしろこの広場には大勢のジョン太がいるはずなんだから」


 草の中に隠れながら、彼はそうポツリと独り言を漏らします…そう、彼こそ『採取係』でありながら『現場監督』の目をかいくぐってここまで逃げてきた、逃亡者であるジョン太だったのです。


 そんな、彼の目的はただ一つ。


「僕は、自由が欲しい。食料も住居も十二分に足りているはずだ。なのに僕らは自分自身に監視されて仕事を続けるように仕向けられている…そこに何の意味がある。僕はもう嫌だ!」


 監視をしているのも仕事をしているのも自分と同程度の知能を持つジョン太でちゃんとした計算ができていれば、食料も足りず、ずさんな建て方をされた住居も風が吹けばたちまち倒れてしまうような危うい代物と気づけるのですが…一介の『採取班』でしかなかったジョン太はその事実を知らず、ただ自由を求めるためにズンズンと草むらを進んでいきます。


「『情報班』から地図をもらっておいたのは正解だったな。この島は、秋と夏のエリアに分かれていて採取する植物に違いがあるけど、地図の真ん中のあたりには何の植物も生えていないエリアがある…そこまで逃げれれば身の安全は確実」


 シラカバの皮に黒い石で印をつけた『情報班』作成の地図。


 それを傾けながら、ジョン太は『採取班』が道中で目印とした積み上げられた石や木の印をたよりに進みます。


「食べれる植物がないから『採取班』は来ないはずだし、『パトリシア捜索班』も今日は疲れてるから捜索は明日に回すはず。つまりここに隠れていれば、誰にも見つからないはずだ」


 草むらをかき分け、目的地へと向かうジョン太。

 彼の心臓はバクバクと大きな音を立て、額には汗がにじみます。


 …何しろ、自分と同じ姿をしているとはいえ相手に見つかったら連れ戻されるのは確実です。戻された先で逃亡犯とバレたらどんなにひどいことをされるか。


「というか、捕まったら僕も何をされるか正直予想もつかないんだけど」


 多分、捕まえた側も捕まえたジョン太をどうしたら良いか考えあぐねた挙句に同じ『採取班』に戻すのがオチなのですが…でもそれはそれ、これはこれ。


 とにかくジョン太は自分が逃げのびることが最優先だと考えます。


「そうだ、後のことなんて、とりあえず逃げてから考えればいい」


 行き当たりばったりの計画ですが、何しろジョン太だから仕方ありません。

 地図を見ると、もうまもなく植物のないエリアに入るようです。


 …気がつけば、そこは草がまばらに生えている妙に人工的な平地でした。


 足を踏み込むと、どこかひんやりとしていて、よく見れば黒っぽい石を四角く切って床にはめ込んだもののようです。


 その端ばしには下へと続く階段が何本か伸びていて、2メートルほどの高さで迷路のようにくりぬかれた通路はところどころに苔むしながらも、失われた古代文明の遺跡のような雰囲気をかもし出しています。


「「え?何、ここ?」」


 思わず声を漏らすジョン太。

 その時、ジョン太はとっさに顔を上げます。


 …そう、たった一人で声を上げたはずなら声はハモるはずはありません。


 そして、ジョン太は見ました。


 地下の通路をはさんだ目の前の石の上。

 そこに立つもう一人のジョン太の姿。


 ヤリを持ち、焦った顔をするジョン太の姿が目の前にありました…

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