六 境内

「ドォリャアアアア!」


「ふんッ」


 無駄に元気な雄叫び、プレハブに何かが激突する音、そしてそれぞれの飼い主を応援する犬の鳴き声……


 人里離れた一軒家なので、ご近所からのクレームの心配はないが、わたしにとっては大迷惑だ。


 わたしはスマホに手を伸ばした。


 午前四時十二分、十月の現在、日の出までまだ大分ある。どれだけ早起きなんだろう?


「っるさいな、あのバカ父子おやこ……」


 隣で寝ていたお母さんが、唸るように言った。寝起きはかなり機嫌が悪い。


 この状況で未だに熟睡しているのは紫織だけだ。コイツは本当に大物になるかも知れない。


 二度寝しようにも、こんな騒音の中じゃムリだ。どっちにしろ、修行を始めるつもりならこの時刻に起きなきゃダメってことなんだろう。


 ブツブツ文句を言っている母と、熟睡中の妹を残して部屋を出た。


 手早くジャージに着替え、上着を羽織って表に出ると、叔父さんとお祖父さんが闇の中、まだ闘っている。


 これは修行なのか、単なる親子ゲンカなのか、よく判らない。


「朱理ちゃん、おはよう」


 明人さんが、ボンちゃんと政宗くんのリードを持って立っていた。


「おはようございます。これは……」


「ああ、散歩に行こうとして出くわしてね。そしたら、またケンカになっちゃって」


 明人さんは呆れたように、闘う二人に視線を向けた。暗くてよく判らないけど、どことなく羨ましそうだ。


「止めなくていいんですか?」


「ぼくなんかが割り込んだら、殺されちゃうよ」


「明人さんも、験力を使えるんでしょ?」


 彼は顔をしかめたようだ。


「うん……使えるって言うか、在るにはあるけど……


 お師匠やユウ兄ちゃんとは比べものにならないくらい弱いんだ」


「おじさんも験力は弱いって……」


「それはお師匠や遙香さんに比べてって意味だよ」


「そうなんですか?」


「ほら」


 明人さんは闘っている二人に顔を向けた。


 お祖父さんの正拳突きが、叔父さんの身体に触れる前に止まってしまう。寸止めをしているんじゃない、眼に見えない壁のような物で阻まれているんだ。


 ううん、わたしには視えていた。お祖父さんが拳を打ち付けるたび、空気が震え波紋が広がる。それは闇の中で、輝いているかのようにハッキリ視える。


 サイコキネシスで創った盾だ。


 それは普通の視力で見える物じゃない、験力が目覚めたせいで視えてしまう物だ。


「験力を使った防御か、少しはやるが……まだ甘いッ」


 お祖父さんは蹴りを見舞った、験力を込めた蹴りだ。


 盾は砕けたが、叔父さんはそれを予測していたのか、身を屈めてかわし様に、身体を支えているお祖父さんの脚を払った。


 だけど相手もそれを予測していて、片足で飛び上がりそれを避ける。


 二人は間合いを取って睨み合った。


「お師匠はあれでも本気じゃない。でも、ぼくが相手だったら、あの半分の力も出さないよ」


 考えてみれば弱いハズがない、わたしは叔父さんが魔物と戦うのを見ている。


 たしかに、最終的には負けちゃったけど、あれは紫織の潜在能力が強すぎるからだ。


「朱理ちゃんも強いよ。だから、修行すれば叔父さんみたいになれるさ」


「あ、ありがとうございます」


 明人さんは、そんなに嫌な人じゃないかもしれない。


「オン インダラヤ ソワカ」


 お母さんの声が聞こえた、と思った瞬間、雷が叔父さんたちの上に落ちた。


 あの時と同じだ、紫織が取り憑かれた時と同じ、強大な験力を感じた。


「何時だと思ってんの、人がせっかく寝てるのに……」


「お、お前、親に雷を落とすとは……」


「あ、姉貴、完全に術が解けたみたいだな」


 叔父さんはともかく、さすがのお祖父さんもお母さんの剣幕にタジタジだ。


 さっきまで吠えまくっていた犬たちも、シッポを又の間に垂らして沈黙した。


 明人さんに至っては腰を抜かして、怪物を見るような目でお母さんを見上げている。


 まぁ、ムリもないか。わたしだって足の震えが止まらない。


「もっと早く気付いてたら、こんな事にならなかったのに……」


 小声で呟いたのをわたしは聞き逃さなかった。


 お母さんもこの間の事件を悔やんでいるんだ。


「悠輝、あんた親父とケンカしに戻ってきたの?」


「それは……」


「じゃあ、サッサと梵天丸の散歩を済ませて、修行を始めるッ」


「はいッ」


「爺ちゃんも、政宗を連れて行って、朝のお務めがあるんでしょッ」


「はい」


「そして明人君、いつまで腰を抜かしてるのッ?」


「す、す、済みませんッ」


 ブザマに手脚をばたつかせながら立ち上がり、ボンちゃんと政宗くんのリードを叔父さんたちに手渡すと、明人さんはそそくさと立ち去った。


 散歩組は納得がいかないようだったが、それでも犬たちを連れ出て行った。


「さてと、朱理。アンタは自ら望んで験力の修行をするのね?」


「うん」


 自分の意思を示すため、力強くうなずいた。


「わかった、どっちにしろ験力を封じる方法は無いものね。だけど、験力を持つとどういう事になるか考えた?」


「もちろん!」


「本当にちゃんと考えた?」


「考えたよッ、わたしの験力のせいで、誰かが傷つく事が二度とないように……」


「それよ、お母さんが気にしているのは」


「え?」


「たしかに、制御出来ない験力は良からぬモノを呼び寄せる。でも、使いこなせる異能力も周りの人たちを傷つける事がある」


「どういうこと?」


「それをこれから教えてあげる」


 促され、わたしはお母さんの背中を追った。

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