第7話:集いし烏合の衆

 モテる者とモテない者の差ってなんだろう。


 ここ天文白金学園は元女子高だけに女子生徒の人数は多く約8割が女子生徒であり、男子生徒にとっては夢のような学校だ。1学年、A~F組までクラスがあり、男子生徒は各クラス多くて5名ほどバラバラに在籍している形になる。この配慮は数少ない男子たちを一か所に集中させて団結力を高めさせない意図があったりするのだが、今は置いといて。1クラス約40名だとすると男子を除けば女子35名と夢のような教室となる。


 喜びたまえ男子諸君。


 しかし、現実とは厳しく童貞どもの夢は儚く散ってしまうものだ。とある男子生徒にインタビューをしてみたところ「うぅ、クラスの女子たちは俺たち男子をウジ虫を見るかのような目で見るんですガクブル」と肩身が狭い学園生活を送っているそうだ。勿論、それがすべてだとは言わないが、何か勘違いしてモテたくて女子の多いこの学校へ入学してきた者たちにとってツライ環境なのは確かであった。




「馬渕氏。おれ達ってなんでモテないんだ?」


「元女子高でバンド組んだら絶対にモテると思ったのになー」




 だよなー、と投げやりに相槌をうつ男子生徒は2年D組の三船小太郎みふねこたろうという。そして、バンド仲間の2年D組の馬渕学まぶちがくと放課後の屋上で手すりに背中を預けて空を見上げて愚痴っていた。


 雲一つない青い空が憎たらしいらしい。




「おれ達の何が悪いんだ? やっぱ顔??」


「ビジュアルつったら、そのロン毛が駄目なんじゃ……?」


「馬渕氏の歌詞のセンスもちょっとアレか……」


「そういう三船氏は音楽に対する愛が足りてないだろ……」


「「はぁ………」」




 天文白金学園でバンドしたらモテる。それは一個上の先輩たちを見て確信したことだ。バンドってやっぱモテるじゃん!と意気揚々と自分達もバンドを結成して約1年。ファンと言ってくれる女子生徒が未だにいない。何故かモテない。


『Re:エンピレオ』なんてイカしたバンド名だと彼らは自負していた。




「俺達の歌じゃ女の子のハートに響かないのか……」


「そんなに俺達イケてないのかな……」


「モブチームはアウトオブ眼中なんだろ。結局、世の中『顔』なんだ!!」


「赤坂さん、かわいいよー。はぁはぁ……」


「「………」」




 三船と馬渕よりちょっと離れた所にいる、もう1人のバンド仲間・鹿苑隆史ろくえんたかしが何か言っている。とりあえず、ひとまずスルーした。




「馬渕氏ー。マジで次の新曲どうすっかなー。モチベ上がんねーべ」


「だなー。彼女できたらやる気出るんだけどなー」


「ぐふふ、姫路さんもかわうぃねー」


「「………」」




 彼女できたらやる気出そうだが、そもそも女の子の心に響く歌ができないからファンもできないわけであって、結局彼女もできない。女心もわからないから、それだと良い歌詞もできない。よくある悪循環のスパイラルだべさ……などと、また感傷に浸りたかったのに、ちょっとヤバい奴がいるからそろそろスルーできなくなった。鹿苑は何を言っていやがるんだ。




「おい、あのバカさっきから何してんだ?」


「三船氏。あれは野球同好会の女子たちがビラ配りするのを眺めてるんだろ。最近ずっとあの調子だぜ、あのバカ」


「あー、あの元気の良い1年達かー」




 確かに2人ともカワイイが。おれ達のファンになってくれないかなーとか思っちゃたりもするのだが、彼女たちには他に夢中になれるものがあることは三船にもわかっていた。それに引き換え自分はバンドに夢中なれてるんだか、自信はなかった。




「そういうば、三船氏って私立の中学で野球やってたんだべ?」


「あー軟式な。でも、やめた。一個下に恐ろしい女がいて、やめた」


「ふーん」


「今度、その恐ろしい女の話でもしてやるよ。あ、いや、やっぱりやめておこう。どこであの女の手先が聞いているかわかったもんじゃねーべ」


「手先って……その女子ナニモンだよ。気になるじゃまいか」


「いや、いいんだ。忘れてくれ……。それよりもだ、おい鹿苑! お前じゃ無理だって! あの子ら、誰にご執着か一目見てわかるべ~!」


「月とスッポンポンだよな。わははっ」


「スッポンポンって何なのさ。笑わないでくれるかな、見るだけならタダだろ~」


「いやー、あんまり度が過ぎるとあのイケメンヤンキーが黙ってやしないんじゃねーべ?」


「ぐっ、それは困る。まだ死にたくないよ……」


「つーか、エロい目で見なければいいんじゃね?」




 もう彼らのなかで野球同好会の女子ズはヤンキーの女だと認識していた。




「あっ、ちょっと待って!」


「なんだよ、鹿苑氏。あんまり大きい声出すなよ、下にいる女子たちに聞こえてしまうべ」


「まー俺たちは別に待ってないし好きなだけどうぞー」


「いやいやいやいやちょっとこれビックスクープだよ! あんな外人この学校にいたっけ? いや、急遽留学生が来るって噂されてた子なのかな!? ロリっ子じゃないけどあの子も素敵だ!! 僕生きててよかったー!!」


「駄目だこいつ。しかし、気になるな。どれどれ……」


「やれやれだべ」




 鹿苑に言わせるほどの逸材らしい。馬渕も気になって身をよじり下をのぞき込んだ。


 野球同好会の女子2名とメガネくん1人。どうやら鹿苑はメガネくんの存在はどうでもよくスルーらしいが。で、その近くに金髪美少女がいるの発見した。高身長でいかにも外人だと思えるスタイル。とてもフレンドリーに下校する生徒たちにビラを配っていて、その笑顔がたまらなく素敵だった。




「良き」




 おっぱいも大きい。




「お、俺はあの子が、好きだーーー!!」


「お、おい、そんなにか。俺にも見せろ!」




 思春期男子には逆らえない性さががある。たとえ女子に軽蔑されてもウジ虫のような目で見られても男には確認しなければならない瞬間ができる。それが今だと、三船も振り返り下を覗きこんだ。あ、馬鹿2人が叫んだせいで金髪美少女にこっちを見上げていた。ヤバい、と思ったがもう遅い。ヤンキーにチクられて俺たちは校舎裏に呼び出しくらってブッコロされるんだ、と覚悟を決めようとした。


 だが、その金髪美少女はこともあろうに三船達にウインクしたのである。




「おぉ、女神よ」




 もう、それだけで十分だった。何か報われた気がした。何に報われたのかは三船にもわからないのだが。


 彼らは小心者だ。自分たちの存在がバレた。たとえウインクされようとずっと眺めている勇気はなかった。というか、ウインクをしていただいただけで十分だった。彼らは下を覗きこむのをやめて、また手すりに背中を預けて腰を下ろした。


 なんだか、初めて得る高揚感だった。胸の高まりが止まらない。




「な、名前なんていう子なんだろ?」


「おい、どうするべ?」


「あの子に歌をプレゼントしたい!」


「あぁ!!」


「馬渕氏、それいい! よし、次の曲はあの子にプレゼントする歌を歌おう!! もしかしたらファンになってくれるかもしれねーべ!!」


「なんだかインスピレーションがどんどん湧いてきたぞー!!」


「女神のウインクってフレーズを絶対に入れるべ!!」




『Re:エンピレオ』は女神の祝福を受けて生まれ変わるかもしれない。恋は不思議な力をくれる。今なら絶対に良い曲を作ることだってできるさ。そう思っていた時期が彼らにもありました。




「後輩諸君!! 話は聞かせてもらった!!」


「「「誰!?」」」




 さて、彼らの物語は急展開を迎えることになる。




「ボクは裏・野球同好会のマシロ先輩だぜ。お見知りおきたまえよ」




 カエルの被り物かぶったヤバい先輩に目を付けられた。こうなってしまったが最後、自分たちは碌な目に合わないだろうと覚悟せざるをえなかった。もしかしたらあのヤンキーの差し金かもしれない。すでに、金髪外人もヤンキーの女だったからこそ、刺客を送り込んできたのかもしれない。


 もちろん、それは彼らの思い過ごしでしかないのだが。慈悲に満ちたマシロ先輩はそんなことしない。




「キミ達、彼女に歌を届けたいんだって?」


「は、はい。覗きしたことは素直に謝ります。でも、俺たち彼女に歌を届けたいんス」


「うむうむ。誰かに歌を届けたいと想うことはとてもいいことさ。されど、今のキミ達のモチベで作ったとしてもきっと彼女に想いは届かないだろうぜ」


「なっ、なんでそんなことをがわかるんスか! やってみないとわからないっスよね!」


「そうっスよ。俺達だって本気で1年間バンドやってきたんス。こればかりは先輩に否定されたくありません」


「そ、そうだー……です。はい」


「だが、キミ達は1年間のバンドを本気でやってファンはできなかったんだろ?」


「「「グサーッ!!」」」



 まさしく痛恨の一撃。


 彼らのライフはゼロだ。マシロ先輩から突き付けられた言葉はそれぐらいの威力があった。言われてみて改めて気づかされた。確かにそうだ。彼らはモテるために1年間やってきたが何も収穫なんてなかった。ファンの1人さえできなかった事実が重くのしかかる。その現実から目を逸らしていたから放課後の屋上へいたということなのだから。




「キミ達の本気って何? それは本当に本気だったのかい? 今の現状を見ても本気と胸張って言えるならもうバンドをやめたまえ。ボクがキミ達に引導を渡してやってもいいんだぜ」


「「「そ、そんな……」」」


「でも、キミ達はそれでもモテたいんだろう?」


「「「モ、モテたいです!」」」


「なら、モテ男になるために覚悟を決めて丸坊主にでもしてみせろ! そして、野球同好会に入ることをおススメするぜ!」


「「「へ……?」」」




 マシロ先輩の強引な勧誘により、彼らは野球同好会初ミーティングに参加することになった。






 〇






 そして――――――、


 野球同好会の初ミーティング当日。4月18日水曜日、時刻は16時半。会場は理科室を借りて行われ、カーテンで閉め切っては少し薄暗い教室に20名もの生徒たちが集まっていた。


 赤坂葵あかさかあおい姫路千草ひめじちぐさ、メガネくんと野球同好会初期メンバーは勿論のこと、裏・野球同好会の有栖茉白ありすましろもいるし、ソニア=ネイサンもいた。他にも茉白が勧誘した坊主頭の三船たちの姿があったり、ソフトボール部をやめようか迷っているらしい女子や、ヤンキーを餌に釣られたっぽいステータスの高いリア充女子がいたり、初顔の者もいれば見知った顔の者もいた。


 別に野球部が存在しなくても困らない学校でよくもまぁこれだけの人数が集まったものだ、、、と黒板前で生徒たちの品定めをしている、ちっこくて偉そうにしている女子監督は関心していた。チュッパチャプス的なキャンディーを口の中で弄び、唇から飛び出した棒を上下に揺らす。


 時計の針が1分刻み、ミーティングを開始した。




「さて。ようこそ、天文白金野球同好会へ。アタシは顧問と監督を務める黒瀬伊織くろせいおりよ。よろしくね」


「「「「「「「よろしくお願いしまーす!!」」」」」」」


「この同好会はゆくゆくは部として正式に活動するわけだけども、ここではアタシがボスよ。アタシがちっこいからってナメたマネは許さないし、アタシのやり方が気に入らなければどうぞ辞めてくれて一向にかまわない。先にこのことを伝えておくわ」




 仲良しこよしをする気は一切ないということだろう。




「それじゃ、さっそくだけどここに集まってくれた皆に最終試験を受けてもらうわ」


「さ、最終試験!?」




 どよめきの声がやはり起こる。そんな話聞いていないとか、そんなの初心者には絶対無理じゃんなどと、、、




「あの、質問よろしいでしょうか?」




 20名集まった中で一番イケメンそうな2年の男子生徒が挙手をした。さわやかイケメンとはこういうのをいうのだろうか……しかし、伊織のタイプではない。メガネくんや三船達が対抗意識を燃やそうとしているようだが、スルーして彼の質問を聞いた。




「あら、何かしら?」


「その最終試験というのは、能力テストか何かでしょうか?」


「だとしたら?」


「ここに集まった生徒の中には野球経験がない子も多いと思います。勧誘された時にそんなことは一切知らされませんでしたし、ポスターやチラシにも最終試験とは書かれていませんでした」


「それで?」


「み、未経験者にとって試験はハードルが高いんじゃないでしょうか。赤坂さん達に熱弁されて野球に興味もって今日このミーティングに参加した生徒たちの気持ちも少しは考えてもらえらたら助かるのですが……」


「そもそも、アタシはまだ最終試験の内容、一言も喋ってないんだけど?」


「え、それは……」


「え、それは……じゃないでしょ。アタシ、ついさっき言ったばかりよね? アタシのやり方が気に入らなければ辞めていいって。どうぞ、お引き取りいただいてもけっこうなのよ、イケメソ君」


「すっ、すみませんでした……」




 伊織はつまらなさそうに彼を見た。女子生徒に良い恰好したいだけなのか、それとも自分が入部したいから試験レベルを下げるよう提案したかったのか、彼女にとってどちらでもいい話だ。




「じゃあ、ねーちゃん。俺からも質問していいか?」


「何よ?」


「能力テストじゃなければ、何させる気なんだよ??」


「もうメガネは黙ってなさいよ。馬鹿がバレるわよ」


「ひ、ひでー」


「というか、馴れ馴れしいわね。アンタ、家帰ったら死刑ブッコロね」


「そんなバカな……っ!?」




 黒瀬姉弟の漫才は他所でやっていただきたいのだが。ちなみに、この会話を要約すると学校で「ねーちゃん」と呼ぶなと姉が弟に注意しているのだ。きっと。




「あ、あのー、私も質問いいですか?」


「ん? 千草、何かしら?」


「その最終試験ってマネージャー志望も受けなければならないんですか?」


「えぇ、そうよ。ここに集まっている20名全員よ」


「あう……」




 しょんぼりする千草。野球同好会初期メンバーも知らされていなかった最終試験なんて、受かる自信が千草にはなかった。肩を落とすしかなかった。




「というか、アンタたち少し勘違いしているようだから訂正させてもらうんだけど、別に能力テストや筆記テストをするつもりでもないわ。ジャッジするのもアンタたち自身」


「ボス、それはどういう意味なのデスカー?」


「それもすぐにわかるわ」




 そう言って伊織は黒板の上に取り付けられたプロジェクター用のスクリーンシートを下ろした。椅子の上に立って、背伸びして、丸まったシートの先っちょにある輪っかに指をぎりぎり引っかけて下ろしていった。続いて、一番前のテーブルに置かれていたプロジェクターがシートに照明を当て、それからPCで何やらキーボードをカタカタと慣れた手つきでタッチしていく。




「マシロ、葵、本当にこの子達にも見せるわよ? いいわね?」


「心の準備はバッチリできてますぜー、ボス」


「はい。私も大丈夫です。お願いします」




 伊織は茉白と葵に確認を取り、再生ボタンを押した。


 これから何かが始まる。能力テストや筆記テストより過酷な試験になるかもしれない。ただならぬ異変にいち早く感じ取ったのは千草だった。葵の隣に座っていたからだろう。いつも一緒にいるからわかる。彼女の手が震えていた。




「それじゃ、甲子園を目指すアンタ達にこれから一本の試合の動画を観てもらうわ。リトルシニアのとある試合よ。この試合にアタシ達が倒さないといけない敵がいるの。甲子園を目指す上で避けて通れない大きな壁よ……だからアンタたちはこの試合を見て野球同好会に本当に入部するかどうか、覚悟を持って決めてちょうだい」




 黄昏時エスペラント VS 七森ブルースの試合が再生された。

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