第二十五話 大空へ! 其ノ二

 飛ぶというよりは『滑る』とか『乗る』に近い。ああ、波乗りに似ているかも知れないな。風の塊の上を『運ばれて行く』感じだ。


 入り組んだ海岸線を、なぞるように飛ぶ。ピリッと刺すような海風と、陸地から流れるトロトロと柔らかい風。気流の乱れに翼を立ててやり過ごす。


 全ての色が蛍光色のような強烈さで、目に飛び込んで来る。あまりの鮮明さに、目がくらみそうだ。鳥の目は紫外線が見えると聞いたことがある。


 この目で見る色彩は、絵描きには目の毒だ。手持ちの画材と俺の技量で、表現出来る気がしない。作風が変わっちまいそうだ。



 視点を集中すると、瞳孔がキューッと収縮していくのを感じる。まさにカメラのピントが合っていくのと同じだ。


 遥か地上で、ハルが人の姿に戻り、素っ裸で俺を追いかけて海岸線を走る。その後ろを、ナナミが服を持って追いかけている。


 上空を旋回したら、立ち止まって大きく両手で手を振って『お父さーーーん!!』と日本語で叫んだ。


 ハル、早く飛べるようにならねぇかな!


 こんなの独り占めしてたら、バチが当たりそうだ。一緒に飛んだら、きっと最高に楽しい。



 ふと、懐かしい匂いの風が吹く。乾いた赤い大地の匂いだ。


 ああ、来たな! がやって来た!!



『来たぞ! 迎えに行って来る』


 ピロローッと鳴き、ハルに伝える。


 とびきり上空に吹き上がる上昇気流をつかまえて、高く高く舞い上がる。


 見慣れたはずの、ミンミンの青く澄んだ海の色。小さく見える漁船の引く白い波……。今すぐにスケッチブックを開きたくて、堪らなくなる。


 だが今は鳥の姿、しかも空の上だ。せめて脳裏に焼き付けようと、目蓋を閉じて高く鳴いた。



▽△▽


 断崖絶壁に、しがみつくように建ち並ぶミンミンの街並を、あっと言う間に超える。


 速い!!


 自動車の速度を、遥かに超えているだろう。山肌を回り込んで続く、街道を目指す。


 見つけた!


 なんの変哲も特徴もない、二台の幌馬車。後ろの馬車の幌の上に、見慣れたポンチョがひるがえっている。俺たちとお揃いの、さゆりさん手製のポンチョだ。


 俺とハルがよくやっていたように、馬車の幌に腰掛けて、鼻歌なんぞ歌っている。


『おーい、クルミ!!』


 上空を旋回しながら、ピィララーッと鳴く。


 すると、クルミは驚いたような顔をして、スリング・ショットを構えた。


 うん! 伝わらないな!!





▽挿話 ハルの日記より▽


 朝起きたら、ぼくとお父さんはトリの人になっていた。


 ぼくはさいしょ、また夢かなと思った。


 おしりがムズムズして『なんかジャマだなぁ』と思って目がさめたら、ねまきのズボンの中で尾羽が、きゅうくつそうにしていた。


 尻尾と耳が生えてくる夢は、今までに何度も見たことがある。ハナちゃんに尻尾が生えてきた頃、何回も何回も見た。


 ぼくはハナちゃんが、うらやましかった。


『なんでハナちゃんだけ? ズルイや!!』って思っていた。


 ハナちゃんだけが、この世界の人たちの仲間に入れてもらえたみたい。ぼくとお父さんは、仲間ハズレみたい。


 そう思っていた。



 でもお父さんとぼくと、ハナちゃんの三人で旅に出る頃には、このままでも良いかなぁ、って思うようになった。


 スリング・ショットを練習して、爺ちゃんと狩りに出かけたり、アンガーにカッコイイ足技を教えてもらったりするうちに、ぼくはぼくのままで大丈夫なんだって思った。


 ぼくは手っ取り早く、強くなりたかったんだと思う。足手まといで、守ってもらうばっかりの、弱虫でいたくなかった。


 ミンミンの街に着いて、やっとお母さんに会えて、ぼくたちのぼうけんの旅は、おわったと思っていた。


 ミンミンの街は、ぼくたちが耳なしでも気にしない人ばかりだ。教会の子供たちとも仲直りして、毎日とても楽しかった。


 このまま、ぼくは耳なしのまま、大人になって、この世界でくらしていくんだと思っていた。


 正直『なんで今ごろ?!』って思った。


 今まで、ぼくとお父さんは、けっこうあぶない目にあっている。ミンミンに向かう旅のとちゅうには、お父さんが教会につかまっちゃったり、大きな虎におそわれたりした。


 あの時、つばさがあったら……お父さんの腕はなくならなかったかも知れない。あくびの目も、ダメにならなかったかも知れない。


 世の中は、ままならないことばっかりだ。


 でも……。


 ぴーさんが現れて、ぼくとお父さんが鳥の人になった。キャラバンの三人と、爺ちゃんとクルミお姉ちゃんがミンミンの街に向かっている。


 何か……じゅんびが整っていくみたいに感じるのは、ぼくだけなのかな?


 そうだとしたら……。



 ぼくは、急いで飛べるようにならなければいけない。

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