第二十二話 谷大鷲 其ノ二

 俺とハルに、翼が生えてきた。


 ハルは大喜びだ。


 内側に白、外側に黒。二色の縁取りのある茶色の翼、小さく飛び出た羽角うかく


 おそらくこの姿は、ハルの大好きな『谷大鷲』のものだろう。さっきから、尾羽が開いたり閉じたりしている。鳥の人は嬉しかったり、気分が高揚すると尾羽が開いてしまうらしい。


 以前キャラバンで立ち寄った、チュッチョマ族の夏の放牧地での光景を思い出す。チョマ族はドルンゾ山脈の遊牧の民で、様々な鳥の人が集まった種族だった。


 羽角うかくはミミズクにある、耳のように見える羽のことだ。確か、実際には耳ではなく、ただ羽毛が飛び出しているだけだ。


 実際ハルの顔の横にある『耳なしの耳』はなくなっていない。うーん、以前見た鳥の人の耳は、どうだったっけ? 前髪の生え際あたりにある羽角は、ふるいにかけた小麦粉のような手触り。


 うむうむ。


 肘から先……腕に生えている小さな翼は、自分の意思で閉じたり開いたり出来るらしい。ハルにやって見せてもらったが、扇子せんすを開くみたいな感じだな。


 パタパタとあおいでもらったら、それなりに風が来た。


 なるほど。


 腕の翼や尾羽の付け根は、指先から爪が生えているような感じだ。コレ、寝る時は閉じても邪魔になりそうだなぁ。鳥は寝転がらないしな。長袖の服着る時も困りそう。


 どうするんだ?


 手のひらは人間のものだが、足は鳥の特徴があるな! これなら頑張れば木の枝に、しがみつく事が出来るかも知れない。そういえば、ナナミとハナの足も……


「もう! お父さん、自分の見れば良いじゃん! 同じなんだから!!」


 俺がハルの身体を、あちこち撫で回して観察していたら、とうとう言われてしまった。


 うん、その通りなんだけど、お父さん……まだちょっと鏡見る気にならない。


 ハルはすごく良いぞ! 羽角が賢そうで似合ってるし、腕の翼や尾羽もキュートだ。ちょっと凛々しい感じすらするな!


「お父さんもけっこう似合ってるよ!」

「とーたん、カッキー(カッコイイ)、しゅごい!」


 ハルとハナが慰めてくれる。でもほら、例えばさ? 朝起きたら誰かに、バリカンで丸坊主にされてたら、すごいショックだよな? すぐに髪の毛、生えてくるってわかってても、ショックだよな?


「ぼくは丸ボウズも嫌いじゃないし、つばさもおばねもカッコイイから嬉しい」


 ……その通りだなハルくん。丸坊主の人、ごめんなさい。



 俺が自分の姿と向き合うために、なけなしの勇気を振り絞っていたらルルを呼びに行っていた、ナナミが戻って来た。


 ルルはミンミンの教会責任者であり、腕の良い治療師だ。鳥の人歴初日の俺とハルは、一応健康診断を受けるつもりだ。


「あら、ヒロトさんもハルくんも、似合うじゃない!」


 ルルが部屋に入るなり、俺とハルを交互に見て言う。軽いな……! ショックを受けている俺がおかしいのか?


「ルル姉、見て! ホラホラ!」


 ハルが得意そうに、尾羽と翼を開いて見せる。


「うんうん、とっても素敵よ! この辺りでは見ない羽色ね!」


 ルルがハルの頭を、羽角の感触を楽しむように撫でる。


「ヒロくんたら、まだ寝巻きなの? 早く着替えて来て」


 ナナミに叱られてしまった。ああ、顔も洗ってないな。なんせ朝から衝撃が、寄せては返す波のようだった。


 ナナミにとっても、そう大きな問題ではないらしい。寝巻きと同等くらいか。そうか……そうなのか。

 

 そういえば、俺は以前『家族の誰かが、獣の人になった時、少しも困った事だなどと思ってはいけない』と、心に決めていた。


 実際ハナに尻尾と耳が生えて来た時も、驚きはしたが、困りはしなかった。生命力溢れる獣の姿にも、見惚れてしまった程だ。


 ナナミの時も、惚れ直したくらいだ。今でも尻尾の魅力に抗えない事も多い。いやまじで。


 それなのに、いざ自分に翼が生えて来たら、受け入れられないというのは、我ながら情けない話だ。



 俺とハルが突然鳥の人になったのは、どうやら居なくなったぴーさんの仕業らしい。


 俺のスマホの録音機能に、メッセージが残されていた。


『マスター、英雄の神殿でお待ちしています。ですが、その前に、あなたとハルくんにはパスティア・ラカーナの民となって頂きます。以前、ハルくんが谷大鷲が好きと言っていたので、リクエストに応じました』


 もう……ツッコミどころ満載のメッセージだ。


『なって頂きます』って……! ちょっと酷くないか? 獣化ウイルスを使うって……生物兵器かよ!



 ハルのリクエストか……。俺にも聞いて欲しかったよ、ぴーさん……!


 第一、俺は旅の途中で片腕を失っている。これでは鳥の姿になったとしても片翼だ。空を飛ぶ事は出来ないじゃないか……。



「ハイ! 問題ないわ。あとは、鳥の姿になってもらえる? そっちも診察しておかないとね」


 ルルの声で我に帰って、ハルと顔を見合わせる。


「ルル姉、どうやってやるの?」

「えっ? あはは! そうね、二人は初めてだもんね」


 そういえば茜岩谷サラサスーンのさゆりさんが『獣の人になったら、身体能力が上がった』と言っていた。それだけではなく『聴力や身体能力をブーストさせる事が出来る』と言っていた。


 鳥の人となった俺とハルも、そんな魔法みたいな事が出来るようになっているのだろうか?


「難しく考えないで。私たちパスティア・ラカーナの民は、獣の姿の方が本来の姿なの。『本能と手を繋ぐ』感じ。集中と解放……やってみて!」


 ……集中と解放? ルル、ソレめちゃくちゃ難しそうだぞ?


 俺の戸惑いをよそに、隣でハルの獣化がはじまる。



 えっ?! ちょっと待ってハルくん! もう出来ちゃうの?!!!

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