第三話 トルルザ教会の最高機密 其ノ一

▽登場人物紹介▽


☆チャーリア

ヒロトとハルが高熱を出した時、治療してくれた見習い治療師の少女。最初は耳なしであるヒロトを殺そうとしたが、色々あって仲良しになった。


名言『きっと、知らないから、怖いのだ』


チャーリアとヒロトたち三人のお話は『終章 第七~九話』。


☆ロレンのお母さん

ヒロトがトルルザ教会に拘束されてしまった時、ハルとハナを保護してくれた。凄腕の大剣使い←ハル談


名言『この人より早く、お父さんを助けに行かないと、大変な事になってしまう』と、ハルが思ったらしい。


ロレンのお母さんについて、ハルが話しているのは『終章 閑話 後日談』。


☆アトラ治療師

トルルザ教会の責任者。サビ模様の大きな耳を『話を聞く』ために使える人格者。耳なしと敵対する事を組織の方針としているザバトランガの教会にあって、ヒロトと話し合う事を良しとした。


名言『言葉を持つ者同士が話し合わなかったら、何のための言葉だ? おまえさんの口だって、物を食うためだけのものじゃあるまい』


アトラ治療師の出てくるお話は『終章 第十二話~十七話』。本話に続く話でもあります。



▽△▽









 夏真っ盛りだ。


 ある朝起きたら昨夜までは確かにあった、じっとりと絡みつくような湿気が、きれいさっぱり消えていた。


 重く垂れ込めていた梅雨空は、たったひとつの薄い浮浪はぐれ雲を残したきりで、真っ青に晴れ渡っていた。


 太陽が完全に顔を出した途端、数種類のセミっぽい虫が一斉に鳴きはじめた。昨日まで一体どこにいたんだよと、ツッコミを入れたくなるほどだ。


 ナナミに『どんな虫なんだ?』と聞いたら、うへぇという表情で『うん、セミと、ぶどうが一緒になったみたいな虫だよ』と言っていた。ぶどうって、果物のぶどうか?


 ちょっと想像すらしたくないな。ハルは虫は苦手だから大丈夫だとしても、問題はハナだ。どうか採って来ないで欲しい。抜け殻も勘弁して欲しい。


 ミンミンの街へ来てから、早いものでもう一ヶ月が過ぎた。そう、俺たちはまだミンミンの街にいる。ルルの代わりに教会を切り盛りしてくれる人が、なかなかやって来ないのだ。


 ルルが催促さいそくの手紙も出したが、返事すら来ない。何か問題でもあったのだろうか?


 この世界での手紙は、距離が遠くなるほどに『届いたらラッキー』といった物になってしまう。人の手を介するごとに、街を越えるごとに、目指す人は遠くなる。


 請け負いの手紙配達人もいるにはいるが、大きな街の近辺でしか仕事を受けてくれないらしい。普通は行商人が、商売のついでに運んでくれる。



 手紙といえば、俺はナナミと再会できた事を手紙に書いた。大岩の家族と、キャラバンの連中、それからトルルザ教会のアトラ治療師、ザバトランガの入り口の街で出会った、見習い治療師のチャーリア。


 大岩の家族の分は日本語で書いたから、大した手間じゃなかった。書きたい事は山ほどあるけれど、キリがないのでほどほどにしておいた。土産話が多いのは悪くないだろう? ナナミと子供たちや、ミンミンの街の絵を入れておいた。


 問題は残りの全ての手紙だ。俺はこの世界の、丁寧な言い回しが未だに苦手だが、同じくらい文字も苦手だ。


 ハルも書くというので、二人並んで、同じようにうんうん唸りながら手紙を書く。ハナは床で鼻歌を口ずさみつつ、手紙に入れる絵を描いていた。


 特にロレンのお母さんと、アトラ治療師宛の手紙が難しい。子供のような文章を書くわけにもいかないし、どうも俺の文字は丁寧に書かないと読む事も難しいらしい。


 絵を描く方が全然楽だ。


 補う意味で、色々絵を描いて入れる事にした。最悪全く読めなくても、ナナミと再会できた事は伝わるだろう。



 トルルザ教会のアトラ治療師宛の手紙だけは、ロレンのお母さんに手渡ししてもらわないといけない。俺が耳なしだとバレて、ずいぶんと騒ぎを起こしてしまった。そのせいで、立場を悪くしていないと良いのだが。


 あの時――俺は後ろ手に拘束された上に、閉じ込められていた。朝になれば耳なしを忌み嫌うザバトランガ近隣の教会関係者が集まって、魔女裁判的なものがはじまってしまう。そんな切羽詰まった状況だった。



 ▽△▽


「……そうですか。そうなんですか。……チャーリアが拾った命なら、私が見過ごすわけにはいかない」


「大丈夫。俺は勝手に逃げる。きみは関わる、ダメ。心配、いらない」



 ミンミンの街へと向かっている途中、ザバトランガ地方の入り口の街で、俺とハルは高熱を出して倒れてしまった。その時、耳なしだとわかっても治療してくれたのが、チャーリアだ。


 チャーリアの幼なじみだというミラルさんが、身をして俺を逃してくれようとしていた。そんな事はさせられないので、軽く押し問答になっていた。


 その時、階段を登る足音が聞こえ、続いて扉を叩く音が聞こえた。


 ミラルさんに急いで物陰に隠れてもらって、解いてしまった縄を後ろ手に巻いた。


「ヒロト殿、私だ。少しよろしいか?」


 トルルザ教会の責任者、アトラ治療師だった。

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