第2話果てのない落下


 私の提案ドライブに出掛けることにした。

 この人、車にはお金を掛けているらしいが、カーナビが7大公害の一つ〈騒音〉か?というくらい。

 何故、こんなにしょっちゅうピンピュンとうるさく音が鳴らなければいけないのだろうか。

ラジオからなんとも言えない微妙な歌が流れる。


 ♪今夜は星空が綺麗ねぇ。

 あなたは言ったわよね!君は僕の宝物だよ。って………♪


 (はいはい。男って最初だけそう言うのよ……)

 

 はい、次の曲。

 

 ♪君のために~僕はすべてを捨てて生きる~この愛の為なら~この命を捨てて生きる覚悟だよ~だからこれからも~ルルル……オオ……オ―イエ~よろしく♪

 

(なんか矛盾した感じ。いったいどっち?信用ゼロ男ね……)

 

♪オレは~きっとあなた幸せにするよ~絶対にあなたを守る~だけどこの世には~きっと~とか~絶対とか~必ず~なんてないのさ~絶対きっと~♪

 

(……しばかれたいのか?)


 そうだ、何か共通の話題がないだろうか。


「あのう……ガマ、 いえ、お仕事は何をされてますか?」

 

 相手は、約一分間の〈沈黙の業〉の後に、グエッと短くしゃべっただけ。

な、なんとおっしゃいました?

 会話は終了した。チーン……

 再び沈黙が流れた。

 沈黙と聞けば、スティー○ン・セガールの映画『沈黙の○○』シリーズを思い出す。

彼が主演のほとんどの作品のタイトルに、『沈黙』という二文字が冠してあるのだが、どの作品もアクションが多く、全く『沈黙』なんかしていない。


 (何この人……あぁぁ~重苦しくて堅苦しくて!酸欠になりそう!!)

 

 その後も会話らしい会話は無し。

 本当に、ただ移動の為に車に乗っているだけ、という感じだった。

 まあ、こちらも相手に興味なんて全くなかったので、車外の景色を眺めている方が気が楽だ。

 緑のトンネルをいくつも越えても山の中。

 緑ばかり。癒しの緑なのに。

 

 (全然癒しにならないのは何故?)


 緑って怪物など、おどろおどろしいイメージがある。死後に出る死斑が緑色?環境汚染、毒物、劇物が青緑色。映画やゲームでゾンビや怪物モンスターの血液が緑で現されている。

 ここ中国では〈不貞〉の意味。意中の男性に緑のモノはプレゼントしない方がよい。

 でもわりと好きな色。

 

(この人に緑の物を贈りたいわ)

 

 車は、とある絶景ポイントにたどり着いた。

 山紫水明…… という言葉しか出てこない。いや、それしか知らない。

 目の前には絵のように美しい山河が広がり、辺りにの木々の間を涼やかな風が走り抜け、にぎやかに楽しげに鳴いている鳥の声に心が癒された。


(……観光地?)


 背後の手すりに背をもたせて大きくゆっくりと深呼吸した。

 背にした手すりの向こう側は、ほぼ垂直の断崖絶壁になっている。その下は緩やかな河が流れていた。


(まさかサスペンス劇場みたいに、ここから突き落とすんじゃないだろうな……)

 

 見合い相手はこっちなんかそっちのけ、携帯で景色を撮るのに夢中の様子。

 それを見て、またため息が出た。

これでは幸せが、どんどん遠退いていく。

 

(……最悪。もう金輪際!絶~対!お見合いなんてしないわ!)


 興味を感じない人と一緒に行動するのは本当に苦痛。

 暇だったからK宮博物院で見た、あの素敵な男性を思い出した。

 あのゆったりとした優雅な歩み。

 柔らかいクリーム色の照明から、ほの暗い場所へと遠ざかって行く足音さえも心地よい音楽に聴こえた。

 その刹那―― 男性はこちらに振り返えろうとした様子があった。

 鼻筋の通った美しい横顔が見えた気がした。


(見えた!?どうだったろう。覚えていない…… あの人にはもう、会えないんだろうな……)


 目を閉じてゆっくりと息を吐く。

 見上げればいつもと変わらない綺麗な青空がある。

 だけど、何か違和感を覚える。

 

 空気が悪い。重く感じるのは何故だろうか……


(あれ?音が消えた!?)


 急に辺りが静まり返ったかに思えた。

 鳥のさえずりも聞こえなくなり風も感じない。淀んだ空気。

 驚くべきことに、あの巨体の彼、いつの間にやらいなくなっている。


(え?嘘。まさか神隠し!?)


 あの大きな身体が―― まるでイリュージョンの魔法にかかったかのように跡形もなく消え去っている。

だけど中途半端に身体が残されてても怖い……

 冗談はさておき、行方不明になった見合い相手を探さなければ。


「はあ~困ったな…… ひょっとして、御手洗いにでも行ったかな?それならちゃんと行き先を言ってよね!」


 もう少し待ってみて、それでも帰らなかったら探すことに決めた。

 正直、帰って来てもらわないと困る。

 その時―― いったい何処から吹くのか、強い突風が吹き、スカートの裾を捲り上げた。

 そのせいで生白い太ももが露わになった。

 慌てて両手で裾を押さえるが、両端は相変わらず捲り上がったままの状態に。

 ちょっと気分はマリリン・モンロー。


「いやん!バカ~ン」


 随分と余裕じゃないか。

 恍惚の表情を浮かべている場合ではない。


「う!目と口に…… 埃が入りそう……」


 お色気ムード終了。



 ――やっと…… 見つけたぞ。我が…… 魂……



「うん?今、何か聞こえたような……」


 それは地の底から響くような声。きっと風の音か空耳だろうと自分自身を無理やり納得させ、そろそろこの場所から離れようと歩き出した時。

 突然、何の前触れもなく足元が揺れだしたかと思うと、自分がもたれている手すりがバキバキと音をたてながら地面から離れていく。


「え?嘘!?」


 慌てて体勢を立て直そうとするが既に手遅の状態だった。

 まるで、背中が手すりに貼りついたかのように、そのまま背後の崖から落ちていった。


「キャァァァ――!」


 必死で、何か掴む物はないかと手を伸ばすが、その努力も空しいもので、ただ宙を掴むばかりだった。

 こうなったら思うことは一つだけ。岩の上に落ちないことを祈るしか出来なかった。

 相手は岩。きっと頭が西瓜みたいに割れて見るも無惨な姿になるだろう。


「痛いのも嫌だけど!死ぬのも嫌ぁぁぁー!!」

 


 一瞬――淡いピンク色の光が全身を覆った気がした。

 そこからが―― 意識がない。

 


 

 


 ビュービューガサガサ……


 

 風の音で目を覚ました。

 鼓膜がどうにかなりそうなくらいだ。

 いつの間にか気を失っていたらしい。


「あれ?ここは天国!?」


 そう思ったが違ったようだ。

 信じられないことに身体はまだ下降を続けていた。不思議なことに体勢はいつの間にか前向きに変わっている。


(楽な体勢になった……)


 霧か、靄か、雲かわからないものの中をいつまでも下に向かって落ちていく。

 とても恐ろしい。


(これは夢?現実でこんなことってあり得ない)

 

 やっぱり自分は死んだのではないか?

 

「家族が恋しい……」

 

 涙がぽろぽろと溢れ出て止まらなかった。


「ごめんなさい。さようなら……」


 そして、残して行く家族のことを考え、しばらく泣き続けていたがあることに気が付いた。

 あの世って上にあるのでは?と。

 なのに自分は下に向かって落ちている。

 奈落の底か?

 いや、地獄に向かっている。


 地獄――生前に悪行に手を染めた者が行く世界。

 生前での罪を暴かれ、その報いを受ける場所。

 昔話で、何度も地獄の身も凍るような恐ろしい責め苦の惨状を聴かされた。

 

 (私ってなんかしたかな……)

 

悪戯イタズラくらいしか思い出せない。

 学校の図書室で、本の表カバーを他の本のカバーと交換したこと。

 

 (超迷惑)


 保健室に忍び込み、ベッドに超ロン毛カツラを被せたボールを枕の上にセット 。さも人が寝ているように見せかけ、戻って来た怖がりの先生を驚かせた事。

 

(先生は失神した……)


 家の食器棚の隅に、微妙に見える角度にタランチュラのオモチャを貼り付け事。

 ちょっと可愛く、小さな赤リボンをつけたので、不気味さが半減したが、やはり大きくて怖いことには変わらない。

 

 (母、激怒!)


 ゴム手袋に、水を入れて庭の木に吊るして下を通る人の頭に擦れて驚くようにした事。


 (他の子が真似してムカついた)

 

 まだまだ沢山の悪業?に手を染めてきたが、こんなしょうもないことをしたくらいでと思った。

 本当の悪人に比べたら自分のやった事など罪とは呼べない。

 しょうもない悪戯だ。


(よし、尋問されても開き直ろう)


 身体はまだ下降を続けているらしいが、肝心の底がないかのようだ。


 ガウォォォ――


 遥か下の方から、大きな獣のような唸り声が聞こえた気がした。多分、雷鳴であろう。

 虎のような、大きな猛獣の声にも似ている。

 いやきっと恐ろしい赤鬼、青鬼、黒鬼が地獄の門前で、今かまだか、と手ぐすね引いて自分を待っているに違いない。


「嫌な予感が。謝ったら許してもらえるかな……」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る