4章 Dパート 5

 そこに近づくに連れて地面から襲いかかる振動が強くなる。

 ここに来るまで何度ペダルを踏み外したかわからない。走行中に振動に襲われて転倒しそうになって、自転車をビルの壁に立てかけてあとは自分の足に頼る。

 振動に襲われる度に体を左に右にと揺らしてそれでも走り続ける。


 歩道は倒れている人で走れる状況ではない。ここまでと同様に道路を走り続ける。信号や車など、走り続けるペースを乱すものがないのはいいが、休むタイミングがないからかえって走り続ける結果になっている。一度足を止めてしまったらもう歩けなくなってしまうんじゃないか。そんな不安すら浮かび上がっていた。

 そろそろ、時間差で倒れていく人に会うこともなくなってきた。出会う人たちはみんな、すでに倒れている人たちだけ。


 走りながら、思う。なぜ今でも自分は無事のままなのか。

 最初は時間差で倒れるものだと思っていた。それまでになんとしてでも恵里佳を見つけなければ。その思いが今でも彼を走らせ続けている。けれども、その傾向がない。時間差と言っても差がありすぎている。

 考えていても答えは見つからない。

 足は止められない。


 ついに宗次郎は足を止めた。立入禁止のテープをくぐるために足を止めた。

 ここに近づくに連れて少なくなってはいたが、このテープの先からは一般人はいなくなる。すでに地面を襲う振動は最高潮を迎えている。

「この先に……」


 ここまで来てもなお、動かす原動力は勘でしかない。今でも勘を信じて、立入禁止のテープをくぐり抜けて前へと進み出す。一般人が倒れる姿はなくなったが、代わりに今度は警察官が倒れた姿が目立ってくる。慎重に足を進める。ここは本来であれば危険で近づけない場所。連絡を取り合っている警察官ならともかく、いまの彼には具体的にどの場所で闘いが起こっているのかわからない。足元の振動が強すぎて距離感も麻痺してしまっている。

 目の前で、巨大ロボットと巨大怪人が戦いが繰り広げられて、いた。


 目の前で起こっていたその光景を見上げたまま、宗次郎は動けなくなっていた。

「そんな……」

 悲痛な声がもれる。


 宗次郎の目の前で、何度もこの街を守ってきた巨大ロボットが引き裂かれた。

 腕がもがれ足は折れ、ビルを巻き込んで倒れてさらにそこに巨大怪人がのしかかる。あまりの金属音に耳をふさいだ。まるでそれは巨大ロボットの断末魔のよう。

 ロボットから足を離す怪人。起き上がる気配のないロボットを見下ろして怪人の方で初老の男性は声を上げて笑っていた。


「ふははは! やったぞ。ついにやったんだ!

 これで、これで我々の邪魔をするものはいなくなった!

 これほどまでに嬉しい日はなかなかないぞ」

 口元を手で覆い隠して笑いを耐えようとするが、声が漏れてしまう。

「装置も問題なく稼働を続けている。これがあるかぎりエネルギー供給は完璧だ。

 設計したとおり、この世界の人間の生体エネルギーを吸収できている!

 これもなにもかも」

 ロボットを見下ろしていた視線を横へと向ける。そこには同じ怪人の肩の上で、鉄柵に手をついてなんとか呼吸を続けている恵里佳の姿。

「あなたのおかげですよ」

 ニンマリと笑みを浮かべる。


「貴方さまの貴重な人体実験のお陰でこの装置は完成をしました。敵の体力を奪いつつこちらのエネルギーにする。ここまで完璧な攻守一体の装置が作れるとは……。貴方さまの努力と、そして貴方のお父上の遺してくれた研究室のお陰です。感謝の言葉しかありません」

「私の、父は! こんなものを作るためにあの研究室を遺したのでは……無い!」

 崩れそうな足に力を入れて、鉄柵を杖がわりになんとか立ち上がる。

「これは……父の目指していた悪ではない」

「やっていることに変わりはないでしょう?

 世界を征服することに手段を選んでいてはいけませんぞ」


 ギリギリなんとか立ち上がっている、そんな状況の恵里佳にため息をついて

「私もかつては貴方のような思想を持っていました。悪ならば悪なりの美学を持って立ち上がる。けれどもダメでした。そんな綺麗事を並べて行動をしたところで、ヤツには勝てなかった。もっとちゃんと、どれだけ非道と呼ばれてもやれることはあったはず。それをしてこなかったのは綺麗事を並べてきた私の責任。だからこそ、この世界ではやれることを、なんでもする。それがこれですよ」

 怪人の方に設置されている鉄柵を叩く。

「見て下さいよ。圧倒的な勝利を得ることができたのです。これだけの勝利はそのまま恐怖となって、そのうちにこの怪人に挑もうとする気力すらも奪われる。つまりは無駄な犠牲もなくなるというもの。どうです? 違いますか?」

「あぁ、違う!」

 深呼吸を繰り返してついに背筋を伸ばして柵から手を離す。

「辿り着く先は同じかもしれない。けども、お前のやり方では私と父の目指したところにはたどり着けない。なにがあろうともな!」

「そんなことは理解していますよ」

 10代の少女の体が、初老の男性の手によって持ち上げられた。

 勢いそのままに怪人の方から投げ落とされる。

「この世界は私の思うがままに支配させてもらいますよ。

 いままでありがとうございました」

 感謝の気持などかけらも無いような表情で、落下する恵里佳から視線を外した。

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