第八話 大晦日。いつの間にか年が明けた

 今は大晦日の23時。


 今日一日、大掃除が大変だった。


 今年は色々な事があった。もうすぐ今年が終わり、新年がやって来る。

 あ、おそばを湯がかなきゃ。


「年越しそば食べるよね。トッピング何がいい?」


 当たり前のように僕の部屋に居座り、歌番組を見ている僕の彼女の泉さんに呼びかける。


「トッピング? えっと~、海老天と油揚げと生卵と長芋! あ、麺は二玉で」

「え? 多くない? 夜ご飯食べたよね? それに海老無いし」

「じゃあ何があるの?」

「油揚げと卵と海苔とワサビとネギ」

「私、海苔とワサビとネギ嫌い」


 好き嫌い多くない!?

 それに、クリスマスの時と少しキャラが変わっているような……。


「月城くん、年明があけてから、何か用事ある?」

「? ないけど」

「なら、初日の出を見てから、初詣に行こうよ」

「初日の出ってどこで見るの?」

「やっぱり海だよ。ロマンチックでしょ?」

「知ってる? ここは京都の下の方だから、近くに海ないよ」


 あからさまにビックリする泉さん。でも、すぐに気を取り直して恐ろしい事を言いだした。


「自転車で行こうよ」

「話聞いてた?」

「多分自転車でも、海に行ける気がしたような気がしたと思うよ」

「その言い方されると、目茶苦茶不安」

「なら、電車で行こうよ。それならいいでしょ」


 初日の出何て見たことが一度もないが、せっかくの機会なので、初日の出を見に行こうと思った。


「いいよ。年越しそばを食べたら出発しよう。海は無理だから山にね」


 僕たちはちょっと早めに年越しそばを食べ、最寄りの駅に向かった。


 泉さんのそばにネギをトッピングしてみたら、かなり怒られた。

 泉さんは重度のネギ嫌いらしい。



***



 僕たちは頂上に神社がある山のふもとに着いた。

 ケーブルカーに乗って山頂に行くと、世界一有名なネズミがいるテーマパークにも勝る人ゴミと遭遇エンカウントした。


 後でとあるウェブサイトを閲覧して分かった事だが、この神社は国宝で、12万人ほどが初詣に訪れるらしい。


 この時期のこの神社に来るんじゃなかった。近所のちっこい神社に行けばよよかった。

 でも、今から引き返すのもお金の無駄だし、人ゴミについては諦めることにしよう。


「凄い人だね。国宝ってすごい!」

「そうだね」


 僕は適当に同意してから、泉さんに話しかけた。


「ねえ、手をつながない?」

「どうして?」

「はぐれるといけないから」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ」


 僕はただ単純に手をつなぎたかっただけなのに、断られてしまったのでかなり悔しい。


「え?」


 僕の手を泉さんが握った。彼女の手はカイロみたいに温かくて、スポンジよりも柔らかい、きれいな手だ。

 泉さんがにっこりと笑って「ちょっと残念そうだったから」と僕に言う。


 僕は今、泉さんと手をつないでいる。僕も彼女も、寒いのに手袋をしていない。なのに寒くない。


 さっきトイレに行った時、手を洗ったっけ?

 なんだか不安になって来た。


「早く行こうよ」

「うん」


 12月25日――僕と泉さんが出会い、デートしたあの日。

 僕は泉さんを引っ張って(立場的ない意味)歩いていたが、今日は逆だ。


 だからどうした? とは聞かないでね。




 僕たちは賽銭箱に五円玉を投げ込み、天井からぶら下がっている紐付きの鈴(名前は知らない)を鳴らした。


 泉さんと仲良くできますように! この楽しい日々が永く続きますように!


 手をゴシゴシと擦りながら、神様にお願いしていた僕だったが、後ろから押し寄せてくるやかましいニンゲン共が不快だなので、場所を変えた。


「ねえ、月城くんは何てお願いしたの?」

「恥ずかしいから教えたくない」

「え~、ケチ!」

「そう言う君は、何てお願いしたのさ?」

「今年が、いい年になりますように」

「願いが叶うといいね」


 今年はもうすぐ終わるけど。と心の中で付け足した。


「次はおみくじ!」

「僕はあったかいお布団で眠りたい」


 僕は泉さんに引っ張られながらも、おみくじを引きに行った。




 僕たちはみくじ箋をうけとり、二人同時に中を見た。


 みくじ箋に大きく書かれているのは『大凶』の2文字だ。

 僕は見なかった事にして、ポケットに突っ込んた。


「そんなに酷かったの?」

「大凶だった」

「うわあ。私の大吉、あげよっか?」

「僕はそんな事で喜ぶほど、子供じゃないよ」


 もしかして、これは今年の運勢? 今年はもうすぐ終わるから、来年は大凶ではないんじゃ……。


 かすかな希望を胸に、僕はスマホで時間を確認した。


 01/01/00:37


 終わった。希望が潰えた。


「はあ……」

「そんなに落ち込まないでよ。占いなんて、当てにならないよ」

「そうだね」

「そんな事よりも、ここの展望台すごく混むらしいから、早く行かないと初日の出が見にくくなっちゃうよ」

「泉さん待って! そっちじゃなくてあっちだよ」


 明後日の方向へ走っていく泉さんを僕は全力で追いかけた。




「思ってたより混んでるね」


 展望台の第一印象がこれだ。

 人ゴミは元々覚悟していたけど、この人ゴミは嫌だなぁ。


 僕たちは比較的空いている場所にレジャーシートを敷き、そこに腰を下ろした。


「僕、何か飲み物を買ってこようか?」

「ありがと。温かい飲み物がいいな」

「オッケー」


 そう言って僕は、薄暗い夜道を頼りない外灯の光を頼りに歩き出した。


 少し歩くと自動販売機を見つける事ができたので、温かいコーヒーミルクを二つ買い、泉さんがいる場所に戻った。


「買って来たよ。コーヒーミルクで良かった?」

「うん。ありがと」


 僕は泉さんにコーヒーミルクを渡す。泉さんは早速それを一口飲んで、思いっ切り嫌そうな顔をした。


「これ、すごく苦いね」


 え? 甘めのコーヒーミルクを買って来たのに……。泉さんって意外と苦手なものが多いんだな。人のこと言えないけど。


「違うのを買ってこようか?」

「大丈夫。だけど……暇だね」


 今の時刻は01:38。日の出までまだまだ時間がある。


「私は眠いから寝るね。空が明るくなったら起こして」

「え? ちょっと待って……」


 泉さんはすぐに熟睡してしまった。僕に寄りかかった状態で。


 つい最近まで女の子と手をつないだ事さえ無かった僕にとって、今の状況は刺激が強すぎる。


 美少女が僕に密着して寝ている……。

 そう思うと、心拍数が異常値を軽く超えてしまった。


 …………。


 いつの間にか、僕の腕が泉さんの胸に向かって伸びていた。慌てて反対の手でその腕に鉄槌を下す。




 僕は空が明るくなるまで、砂場の城よりも脆くなっている理性をフル活用し、自分の煩悩を抑え込んだ。

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