第3話 いざ!幽霊の巣窟へ!

事務員に渡された地図を頼りに辿り着いた『よどみ荘』は…


その名の通り悪しき霊気で、建物自体がすっかりよどみきっていた。


「…いっくら古いからって、ここまで堕ちるこたぁねぇだろ…」


その寒気を催すような重たい空気に、俺自身も思わず重い溜め息をついた。


建物が古いから朽ちているのではない。

悪しき者達が長年住み着く事で、朽ちが早くなっているのだ。


所々に赤く錆び付いた鉄製の急な階段が一歩上がるごとにカンカンと高い音を立てる。


「…まさか高校入学と同時に辞めたくなるなんてな。」


本当はその一歩すらも踏み出すのを躊躇してしまうくらいによどみ切ったこの重苦しい空気の中を進んでいくのは、俺にとっては相当な勇気がいる事だった。


急な階段を登る事によってあがる息と、重たい霊気による胸苦しさがやたらと交差する。


それでも一段階段を上がるその度に


『…アイツ、マジで嘘つきだから。』


『幽霊なんているわけね~じゃん。』


『…アイツまた誰もいない所で一人でしゃべってたゼ!』


『…マジでキモいんだけど。』


という昔のクラスメート達の冷たい視線と胸に突き刺さるような鋭い言葉が頭によぎる。


「…俺は、もうあの世界に戻るワケには行かないんだ…!!」


そう決心して思わず握りしめた階段の手すりからはザラっとした鉄粉のようなサビの感触と、フッとたちこめる古い鉄の香りが鼻についた。


正直どちらも不快な事には変わりがなかったのだが、もはや今の俺にとってはそんなモノなど、どうでもいい事だった。


『とりあえず、中間試験と期末試験の上位10名以内に入ったら、ヴェルサス狩鴨の特待生優遇ルームへと引っ越しをする権利が与えられるんだから、しばらくはそこで我慢したまえ。』


という事務員さんの言葉だけを希望に、俺はよどみ荘のよどみまくった階段を何とか登りきる事が出来た。


…だが、ようやく登り切った階段の先に広がるコンクリート梁の廊下の空気は、これまたどうして、ものすごく重苦しいものだった。


すでに陽が落ちはじめている周りの暗さも手伝ってか、廊下の暗さは尋常じゃない。


「…ライトくらい直しとけよ。」


バチバチと点いたり消えたりを繰り返している外灯の影に隠れている小さな黒い物体のことを睨み付けながら、俺はその場で軽い準備運動を済ませると、そのままゆっくりと大きく息を吸い込んだ。


そしてぐっと力を込めて息を止めると、両目を強く瞑ったまま一気に403号の前までダッシュをかけた。


目を瞑っているおかげで何も見えやしなかったが、それでも微かに肌へとザワザワとした感触がいくつも当たってくるのが分かった。


俺はポケットの中から例の古びた鍵を取り出すと、急いで鍵穴にそれを突っ込み、勢い良くドアを開けた。


ドアを開けた瞬間に、突然部屋の中へと差し込んできた外からの明かりを嫌ったのか、いくつかの黒い物体が一斉に素早く部屋の四隅へと散っていったのが見えたが、今の俺にはそんな事などどうでもよかった。


俺は先に宅配しておいた荷物が、きちんと部屋の中へと搬入してある事を確認すると、その中の段ボールの一つから、すずりと半紙と筆を取り出した。


そして心をなるべく穏やかに保ち、姿勢を正しながら、静かに硯で墨を摺る。


そして出来上がった墨で、俺は半紙いっぱいに思いのまま筆を滑らした。


「…よし、出来た。」


そう呟いて俺が満足気に眺めている半紙の上には、


『中間・期末、10位以内!!』


と書かれた文字が出来上がっていた。


俺は墨が乾ききったのを確認すると、思いのほか上手く出来たその作品を、壁に飾って満足そうに眺めていたのだったが、その瞬間、蛍光灯がバチィっと弾けるような音を鳴らしながら一瞬消えそうな素振りを見せた。


見ると先程廊下の外灯をバチバチと触っては点けたり消したりを繰り返していたあの黒い毛玉のような物体が、小さな手で何度も俺の部屋の蛍光灯を触って操作しようとしている。


よく言うラップ音なんて物は、大抵こういう奴らの仕業である。


ソイツの姿を見つけた俺は、再び硯の前で姿勢を正し、少しだけ呼吸を整えてからまた思いのままに筆を滑らしはじめた。


そして出来上がった文字を見た瞬間、その黒い物体は、『ゲギッ!』といった不快そうな声をあげて、急いでドアの郵便受けの隙間から外へと出ていった。


その文字こそ、『悪霊退散!』


とりあえずこれもなかなかの力作なので、俺は『10位以内!』の文字の横に、きちんと並べて貼ることにした。

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