#14.2 愛を叫べ

 目が覚めると、僕は薄暗闇のなかにいた。物音がする方に目をやると、ウーティスが机に向かって黙々と何かを切っていた。

「・・・・・・ウーティス、兄さんは?」

「幸人なら、雅人と一緒に下の階にいますよ」

 気絶する直前に聞こえたのは、父の声だったのか。兄が助かったことを知り、どっと疲れが出た。

「お前は、さっきから一体何をしているんだ?」

「秋草ハルの脳が入った瓶が電光掲示板と繋がっていたので、切り離せるかどうか試しているところです」

 パチンパチンという音と共に、切断された配線がパラパラと床の上に落ちた。

「なあ、ウーティス。お前、人間のこと好きか?」

 リズミカルに聞こえていた切断音が途切れた。ウーティスは瓶を片手に持ちながら、僕の傍へやって来た。

「人間は可愛いです」

「可愛い?」

「人の心は脆く、繊細で、孤独を感じやすいように出来ている。だからでしょうか。守りたいと、そう強く思うのです」

 ウーティスは僕の手を掴むと、その手を自身の頬に押し当てた。

「渚。もう一度、秋草ハルに会いたいですか?」

「ハルに会えるのか?」

 ウーティスは、ハルの脳が入った瓶を僕に見せた。

「秋草ハルは、今もこの瓶の中で生き続けています。もし貴方が望むなら、私が貴方と彼女の意識を繋ぎます。百パーセント安全とは言い切れませんが、試してみますか?」

 父に頼めば、ハルをロボットにしてもらえるだろう。だが、ハルはそれを望んでいるのだろうか。もう一度生きたいと思ってくれるだろうか。

 ハルの脳が入った瓶に手を置いた。変わり果てた姿に、胸がずきりと痛んだ。

「ハルに会わせて欲しい」

「分かりました。では、そのまま目を閉じてください」

 ウーティスが僕の手を握った。彼の指示に従い、目を閉じた瞬間、目の前に巨大な渦潮が現れた。

「なっ・・・・・・!!」

 身体が渦潮の中へと落ちていく。

「辛い」「死にたい」「苦しい」「怖い」「死にたい」「愛されない」「寂しい」「愛されたい」「死にたい」「辛い」「苦しい」「生きたくない」「死にたい」「怖い」「苦しい」「助けて」「私をひとりにしないで」

 沢山の言葉が、際限なく僕の中に入ってくる。言葉の侵入を防ぐことが出来ず、恐怖のあまり、叫び声をあげた。言葉の渦潮に巻き込まれた後、僕の身体は暗くて冷たい場所へと放り出された。ゴポゴポと水の音が耳元で鳴り響き、泡が僕の横を通り過ぎていく。為す術もなく沈んでいると、突然、周囲にあった水が消えた。地面に落下したが、どういう訳か衝撃はなかった。

「・・・・・・どこだ、ここ?」

 目の前には真っ白な空間が広がっていた。

「ハル、どこにいるんだ?頼むから、出て来てくれ。お前と話がしたいんだ」

 バタンと大きな音が鳴った。振り返ると、先ほどまでなかったはずの扉が現れた。

「帰って」

 近くでハルの声が聞こえた。だが、姿は見えなかった。

「お前に会うまでは絶対に帰らない」

「お願いだから、帰って。渚に会いたくない」

「ハル、ごめん。お前のこと、たくさん傷つけた。ひとりでいれば、お前を、大事な人を守れると思った。だけど、それは間違いだった。頼む、ハル。もう一度、僕にチャンスをくれ。僕にはお前が必要なんだ!」

 僕が叫んだ瞬間、空間がぐにゃりと歪んだ。僕の身体、心、すべてを捧げてもいいから、ハルに会いたい。そう強く願った瞬間、目の前が眩い光に包まれた。



 目を刺すような強烈な光が止んだ。目を開けると、そこは海だった。状況が理解できず、その場に立ち尽くしていると、海に向かって歩いていく女性の姿を発見した。純白のワンピースを着た女性が海の中に入っていくのを見て、僕は急いで彼女の元へ駆けつけた。

「待って!」

 腕を引っ張ると同時に体勢を崩した僕は、彼女を押し倒す形でその場に倒れこんだ。身に着けていた帽子が脱げ、女性の顔が露になった。

「ハル・・・・・・?」

 地面に横たわる彼女の目は、秋草ハルを象徴するエメラルドグリーンの瞳をしていたが、その目はどこまでも虚ろだった。彼女の頬をそっと指で撫でた後、彼女の身体を自分の方へと抱き寄せた。

「ハル、大好きだよ。お前が僕を大事にしてくれたように、僕もお前を大事にしたい。ロボットだろうが、サイボーグだろうが構わない。どんな姿になったとしても、お前はお前だ。無理に笑わなくていい。我儘だって言って欲しい。お前が傍にいないと、僕は駄目なんだ。お願いだから、もう一度僕と生きてくれ。お前を愛してる」

 ハルの身体を抱きしめると、背中に掌の重みを感じた。

「私も愛してる」

 彼女が笑顔を見せた瞬間、その顔が花びらになって砕け散った。

「ハル、待って。消えないで」

 僕の懇願は届かず、ハルの身体はあっという間に崩壊していった。残された花びらが晴天の空に向かってくるくると渦を巻いて消えていき、再び眩い光に包まれた。


 



















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