#5.2 偽善の国

 目を開けると、見覚えのない天井と点滴が見えた。

「目が覚めたんだね」

 顔を動かすと、視界の隅にハルがいた。

「・・・・・・ここは?」

「病院」

 高橋や天音、シャーベットの記憶が次々と蘇る。そうか、僕は倒れたのか。

「高橋たちは?」

「先に帰ってもらったよ。いつ目が覚めるか分からなかったから」

「ごめん」

「なんで謝るの?」

「心配かけた。それに、せっかく買ってくれたシャーベットも駄目にした。だから、ごめん」

「すごく心配した。このまま目が覚めなかったらどうしようって、不安で仕方がなかった」

 ハルが俯きながら、そう言った。点滴の針が刺さっていない方の腕を伸ばし、彼の前髪にそっと触れた。泣きそうになっている彼を見て、胸がぎゅっと締め付けられた。

「倒れた原因、栄養失調だって。前から思っていたけど、どうして食べないの?」

「どうしてって・・・・・・」

「生きていくためには食べないと」

「・・・・・・生きたくないから食べないんだよ」

「失礼します」

 扉がガララと開き、看護師が部屋に入ってきた。彼女は僕の腕に刺さった点滴の針を抜き取ると、僕らを病院のフロントまで案内した。

『生きたくないから食べないんだよ』

 病院の外に出るまでの間、自分の発言を何度も脳内再生していた。生きたくないと聞いて、ハルは一体どう思っただろうか。

「ハル」

 僕の呼びかけに反応して、ハルがちらりと僕を見た。

「タクシー使う?」

「そうじゃなくて、あの、その・・・・・・」

 生きたくないと言ったことを気にしないで欲しい。そう伝えたいのに、上手く言葉に出来なかった。

「ちょっと付き合って」

 ハルは僕の手を掴むと、夕日に向かって歩き出した。

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