30話 迷える大人。

私は方向音痴だ。

だからよく道に迷う。

そしてよく迷子になる。






大の大人が迷子になんてならない。










だって、子ってついてるじゃん。

子供のころは私もそう思っていた。










私は現在、迷子の大人である。

大人であり子供の真っ最中だ。



今日は三連休の初日。

会社の同期とアウトレットモールに来ていたのだが。


人混みを避けようと歩いていたら

いつものように迷子になった。





よし、少し冷静になろう。







とりあえずエスカレーターの横にあるベンチに座った。





動き回って探すか。

この人混みだと、逆効果だろうか。


入ってきた入り口に戻るか。

一番人が混みあっている場所に戻るのは嫌だ。





ああでもないこうでもないと

一人で悶々としていると、横に一人の少女が座った。



座っただけなら気にも留めないが

どうやらこっちを見ているような視線を感じる。


私はまだ少女の方を見たわけではないが

確実に左のこめかみに視線が刺さっている。





子供の視線というのはまっすぐすぎる。





私のこめかみに穴が開きそうだったので

少女の方をちらっと見た。


小学生。いや、幼稚園児かもしれない。

髪の長い可愛い女の子だ。


少女は私のちらっとを察知して

私に喋り始めた。








「お兄さん、ここどこか分かる…?」













アウトレットモール。







そういうことを言ってるのではないと

すぐに分かった。



少女は私と同じ。


迷子だ。

文字通り迷ってる子供だ。





普段なら迷子センターに連れて行くのだが

それすらできない。


なぜなら

私も迷子だからだ。



かといって

私も君と同じだよ。



なんて言ったら

この少女の大人への憧れメーターが崩壊してしまう。


これから出会うであろう色んな大人への期待値が

私のせいで下がってしまう。




それは避けたい。











「お兄さんは私のママの場所知らない…?」












このアウトレットモールの中。






これが大人特有のしつこさである。


そんなことは置いといて。


これに関しては知らない。

本当に知らない。



しかし。

知らないとただ言うのも冷たい気がする。


少し悩んだが、私はあることを思いついた。










お母さんの場所は知らないけど

お兄さんも一緒にここで待っててあげるよ。











我ながら名案である。



大人としての優しさと名誉を同時に守れる。

私の予想通り、

少女の不安そうな顔は少し明るくなったように感じる。




この作戦にはもう一つ勝算があった。

少女がこの近くで迷ったのなら

このベンチは目につきやすい。


きっと少女のお母さんもすぐに見つけてくれるだろう。



この日の私の読みは冴えていた。







およそ十分後。







「あや!」







少女のお母さんが

少女、もとい、あやちゃんを見つけてくれた。


私は内心ガッツポーズ。







「お母さん。このお兄さんが一緒に待ってくれたの。」








あやちゃんナイス。


それを聞いたあやちゃんのお母さんは

私に深く頭を下げて、私にお礼を言った。


私もそれに応えて、少し頭を下げて挨拶をした。




あやちゃんは

お母さんと私の顔を見ながら

ニコニコしている。



私も負けず劣らずニコニコしている。


うん。いいことをした。

私は満足感でいっぱい。












「お、いたいた。迷子の中村~。」











私の後ろから声がする。


振り返ると

少し離れたところから

一緒に来ていた会社の同期が私を呼んでいる。




迷子の中村。







私があやちゃんの方に向きなおすと

彼女は目を丸くして私のほうを見ている。










「おじさんもあやと一緒だったんだね。」











あやちゃんは少し含みのある笑顔を

私に向けていた。




あやちゃん。

一つ学んだね。


大人も迷子になるんだよ。






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