第15尾【風邪引き、かわれるものならば】


 ベッドで横になる結愛の身体には汗。

 目を瞑りうなされる結愛の額に冷え○タを貼り、心配そうに側につくのはキュウ。

 涼夜は冷たいスポーツ飲料を片手に部屋へ。


「結愛ちゃん、冷たい飲み物ですよ」

「……ぅ……」


 涼夜はそれをカップに注ぐ。結愛はキュウに支えられながら上体を起こしカップに口をつけた。

 小さな喉がなると、結愛は表情を歪め咳き込む。


「喉が腫れているのかも知れませんね……やはり病院で診てもらった方が」

「……いや、です……」


 結愛は頬を膨らませ壁側を向いて横になる。

 キュウは濡れたタオル片手に涼夜を見上げ、クネクネと謎のジェスチャー。涼夜は額に汗を一つ垂らしながらもその意図を理解し部屋を後にした。


 扉が閉まる。

 部屋には結愛の荒い呼吸。キュウは結愛を自分の方へ向かせるとバンザーイのポーズを決める。

 当然、結愛の頭の上にはハテナが浮かぶ。ハテナを浮かべながらも渋々両手をあげると、キュウはそのまま勢いよくシャツを脱がせてしまった。


 一瞬の隙で上半身を曝け出す事となった結愛は目を丸くして、ついでに身体も丸める。キュウはというと、お構いなしに彼女の汗ばんだ身体を拭いていく。勿論抵抗するが、風邪をひいて力の出ない結愛にキュウの猛攻を防ぐ手立てはなく。


「くすぐったい……」

「キュウ〜」


 抵抗虚しく全身をしっかりと拭き取られた結愛は着替えて再び横になった。依然として息は荒く熱もある。目を閉じキュウの人さし指を掴みながら、力尽きるように寝息を立てる。

 キュウはそれこそ母のような眼差しで優しく微笑み結愛の髪を撫でる。


「……マ……マ……」

「……キュ……」


 キュウの手のひらが小さく震える。


 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


 結愛を寝かしつけたキュウは涼夜の待つリビングへ。キッチンでは涼夜がおかゆを作らんと奮闘していた。見かねたキュウは涼夜と代わり、敢えなく涼夜はお払い箱となる。


「キュウ、いつも申し訳ない。本当、私はつくづく何も出来ないですね……せめて、結愛ちゃんの風邪、私がかわってあげたいです」


 キュウは味見をしながら落ち込む涼夜を見やる。そして小さく頷き微笑んだ。


「キュウは凄いですね。こんな事を言ってしまうと結衣に怒られてしまいますが、本当の母親のようです。時に喧嘩もして、それでもやっぱり大好きで、尊い存在。結愛ちゃんにとってもキュウはかけがえのない存在になりつつありますから。

 少しばかり妬けちゃいますよ、父親としては」


 弱音を吐く涼夜にキュウはやれやれといった表情を見せ、ローテーブルの上のノートパソコンを指差しては「キュウ」と鳴いた。


「いいから仕事をしろ、と?」


 キュウは頬を膨らませ頷く。同時に大きな胸も頷いた。腰に手を当て尻尾をゆっくりと振るキュウに言われるがままいつもの席に腰掛ける涼夜。

 キュウは尻尾とジェスチャーで涼夜に語りかける。


 寝室を指さし、自らを指さし、九つのモフモフをバサッといっぺんに振り、最後に両手を胸の前に出しては謎のガッツポーズを炸裂させた。

 当然、行き場を無くした双丘は形を大袈裟に変えた。涼夜はズレた黒縁眼鏡を元に戻し、


「結愛ちゃんの事は、私に任せろ?」


 満足げに頷くのはキュウ。


「ありがとうございます。本当に助かります。でも、やっぱり私にも心配させて下さい。血は繋がっていなくても、私は結愛ちゃんの父親ですから」

「キュウ、キュキュ〜!」

「さて、結愛ちゃんが眠っている間に少しでも仕事しないとですね」


 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


 翌朝、時にして九月一日、

 結局のところ、結愛の風邪は次の日には治った訳だが、


「キュウ、無理しないで、今日は横になっていて下さい。買い出しも一人で行って来ますから」

「キュウちゃん……結愛の風邪、もらっちゃったのです? 苦しそうです……」


 ベッドで横になったキュウ。

 前日、風邪をひいた結愛の世話をしていた彼女はまんまと風邪をひいた訳で、


「結愛ちゃんの所為ではありませんよ。それにしても熱が高いですね、今、冷たい飲み物をいれてきますから。九尾の狐も風邪には勝てないみたいですね。さ、結愛ちゃんは保育園の支度を」

「い、嫌です。休むのです、キュウちゃんが心配ですから」

「……そ、そうは言っても先生もしん……」

「や、す、む、の、で、す!」


 結愛の鋭いジト目が涼夜を捉える。

 何処ぞの龍人が放つ石化の魔眼を喰らった男の如く硬直した涼夜だったが、すぐに我に返ると小さく微笑んだ。


「わかりました、先生には連絡しておきます。でも一つ約束です。またうつるといけないので、キュウが寝ている間は私とリビングにいる事、わかりましたか?」

「……むぅ、わ、わかったのです。そのジョーケンで手をうつのです」


 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


 午後二時、暗い部屋で横になったキュウは一人天井を見上げていた。

 涼夜と結愛は買い出しに出た。


 結局、キュウの体調が元に戻ったのは二日後の事だった。九月三日、木曜日、


 九月九日午後九時九分九秒、


 刻限まで、あと、七日、

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